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放課後、Z組の教室である。席に着いた沖田が珍しく、機嫌良さげにふんふんと鼻歌を歌っていたもんで土方は思わずドアに手をかけたまま凝視してしまった。やがて視線に気付いたらしき沖田がゆるりと土方へおもてを向ける。ピアノでも似合いそうなすらりとした指で耳にはめ込んでいたイヤホンを緩慢に外し、出した?と。思わず何が、と言い掛けて誤魔化すように土方はごほんと咳をする。先程担任へ提出しに行った学級日誌以外に有り得ない。


「おー出した。待たせて悪かった。」
「音楽聞いてたんで大丈夫でさ。」


土方はようやく歩を進め、沖田の座る席の隣へ立つ。斜め上から見下ろし、相変わらず腹の中とは真逆の繊細なつくりをしている顔立ちに目を細める。
先程、夕焼けが琥珀色の睫毛や亜麻色の髪の毛に染みて、とても美しいと思ったのだ。窓枠の向こうを真っ直ぐに見つめ、頬杖をつき鼻歌を紡ぐ様は何かのドラマのワンシーンでも遜色ない。うまくは言い表せないが瞬間、心底に強い感動が過ぎった。ああ、くそ。惚れ直したとかそんな感じ?いやまさか。いやでも。土方は悔しく思う。恋心はとっても単純らしく、しかしそう簡単に認めてやるものかと土方は眉をひそめる。こいつ顔だけはいいんだよ顔だけは。


黙っていればほんとうにそうなのだ。長い睫毛が影をつくる様は美しい。美しくってたちが悪い。土方はその、困りものに視線を落とし、先ほど沖田が紡いだメロディーを思い出そうと記憶を揺する。沖田が落語以外を聞いているのは珍しく、何の曲か気になったからだ。
するとちょうど、沖田がイヤホンコードをぐるぐる巻きながら土方が探していた曲をくちびるへ乗せた。土方のまったく知らない、きっと一度も耳にしたことのない優しいメロディーを。


「それ何て曲?」
「俺も今ど忘れしちまいまして。初音ミクの曲でさァ。」
「はつねみく?」


土方はきょとんとして教えられたアーティストを繰り返した。はつねみく……と記憶の海に潜りながら、小さくこぼす。きっと有名ではないのだろう、音楽に詳しくない土方にはわからなかった。知らない、と土方が結論付ける前に沖田が、あーえっとんーっととなにやら言葉を捻り出そうとしたので、土方の意識はそちらへ向かう。


「どした?」
「えーっと考えても土方は知らねーと思う。うん。ぜったい。」
「や、知らねぇけどなんで絶対。」
「初音ミクってのは人間じゃなくて電子?歌うんだけど……歌う?歌わされてる?」
「待ってくれまったくわからん。」


沖田はきっと精一杯伝えようとしているのだろうが土方はこれっぽっちも汲み取れない。元々、突拍子がなくて脈略のないことをぽんぽん言う沖田が、ふだんから主語述語がなってない沖田が、初音ミクの説明が出来るわけがないのだが。
ボーカロイドが何だの沖田は言ってみるのだが逆に土方のハテナは積もり積もるばかりだ。まるで知らない国の言葉をかけられているような具合に。ニコニコ動画と口にしてみても、インターネットは調べもの(それも必要最低限)しか使わない土方にはぴんとこない。結局はお互いがうんうん唸って首を傾げることになり、とりあえず初音ミクの曲です、で落ち着くことにした。
「……帰るか。」
そして学校を後にすることになるのだが、帰途の最中、沖田が再度あの曲を口ずさんだので土方はいちばんの疑問であったことを口にした。


「初音ミクってーのは歌うんだけど自分ひとりじゃ歌えねぇんだな?」
「うん。まぁそーです。」
「この人じゃないとだめとかはねーのか?」
「誰でもいいんだけどやっぱり人によって……とにかく誰かがいないとだめ。土方がいないとだめな俺みたいなもんかなァ。」
「へ?」


生きてるんだけど自分ひとりじゃ生きられない。噛み砕くと、そういう意味になる。軽い口調のくせに、なんて熱烈な告白だろう。
真っ赤な夕日へ沖田はふんふんと鼻歌を届ける。土方の思考はぐるぐる回る。ああ、くそ。土方はやっぱり悔しいと思う。ひとりで生きている風なくせして、無垢な子供のように手を伸ばしてくる沖田に、困りものだとも思う。
「あー……。」
赤い頬はぜんぶ夕焼けのせいにしてしまう。それでも足りなくって掌で口元を覆い、自由な方の手で沖田へ触れる。わかりやすいでしょう?朱色に優しく包まれた沖田は得意気に笑んで、土方の指へ自分のを絡めた。


「実際のところ俺がいなきゃ、俺じゃなきゃだめになるのは土方だけどね。」
「うっせぇ誰とでも生きてけるっての。」
「へーちなみに俺は誰でもじゃなくて土方がいーんですけどねィ。」
「は。」


今度こそ、いよいよ取り繕い様がなくなって土方ぐっと強く息を呑む。強く湧き上がる衝動をガシガシと頭を掻きむしることにすり替える。残念ながら、あーソウデスカと流せるほど土方だって大人じゃあないのだ。家まであと十五分、いけないことの予定をたてる。
照れ隠しで顔をしかめる土方へ、沖田は繋いだ手を前後に振りながらやはり得意気に笑った。どんな曲より情熱的でドラマチック。恋心は途切れない。全面降伏。やはり土方は初音ミクがよく分からない。ただ、惚れ直したどころの騒ぎじゃないのは確かだ。







初音ミクの曲を聞く土沖、とのリクエストより。沖田がふんふんしてるのはメルトのイメージです。それかミクじゃないけどメランコリック。

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