猫耳は同人界の必須アイテムである | ナノ

猫耳は同人界の必須アイテムである



二月二十一日の真夜中の出来事である。粉雪がふわりふわりと舞い降りる中、真選組は何とも血生臭い捕り物を行ったのだが、その際一緒に居た土方と沖田に敵の天人所有のビンに入った液体が降りかかったのだ。宇宙船の、研究室のような怪しげな部屋へ立ち入ったところ、棚からバランスを崩したビンが降ってきたわけである。ショッキングピンクのような気味の悪い色で、劇薬かと思ったのだが痛みはない。急いで洗い流し様子を見たが、肌が炎症を起こすことも別の何かが起こることもない。無臭であったし、案外ただ着色された水だったのかもしれない。拍子抜けだ。ふたりとも屯所に帰ったころにはもうすっかりそのことは忘れ、やがて深い眠りに落ちた。あの液体が遅効性のものだと知らずに――――



「土方さん土方さん土方さん!」


何とも珍しいことに、土方は沖田に呼ばれる声で目を覚ました。沖田がしつこく名前を連呼するので、深く深く沈んだ意識を何とか揺り起こす。半ば強制的に目蓋を開かされた土方はろれつの回らない舌で答えた。
「んだよ……」
モザイクがかかったような視界いっぱいに沖田の輪郭を見つける。それは徐々に映像は鮮明になっていき―――土方は違和感に気がついた。それもかなり甚大な。なんと、なんと土方を覗き込んでいる沖田の頭に薄い茶色の猫の耳が付いているではないか!


「おおおおおまっ、耳…ッ!」
「やーっと気付きやしたか。」


当然眠気など一瞬で消え去った。飛び起きると目を見開き沖田を指さし、わたわたと情けなく後退り。夢か?見間違いか?と土方はごしごし両目を擦ってみるも、ここは現実。……現実だ。土方は一度長く瞑目した後、ふわふわとした沖田の猫耳へ恐る恐る手を伸ばし触れた。確かな温かみと柔らかさを感じる。どうやら作り物ではないらしい。その証拠に沖田はぴょこひょこと猫耳を左右に動かしてみせた。神経がちゃんと通っており、操縦可能のようである。もちろん、ワースゴイ!と感想を言うことも出来ず、へ、へぇ……とぎこちなく喉から絞り出しながら改めて沖田の全身を見る。そして気付いた。沖田の腰の付け根あたりから、耳と同色のしっぽが生えているではないか!


「何だコレは一体!どーしたんだテメェ!オイ!総悟!」
「混乱してるとこ悪いですけどアンタにも付いてますよ。」


へ?今なんつった?言葉が飲み込めない、いいや飲み込みたくない土方に沖田は穏やかな調子でもう一度言う。アンタにも付いてますよ。ほら、と沖田が差し出した手鏡を土方が見るとそこには―――髪の毛と同じ真っ黒な猫耳……まさか!ハッと後ろを見ると、そこには着流しから覗く猫のしっぽ……


「なっっっっっんじゃこりゃぁぁぁああぁぁあ!」


朝の静寂を、幕府の犬から黒猫へミラクルチェンジを果たした土方の悲鳴が打ち破る。ちなみに本日は二月二十二日。二、二、二。にゃんにゃんにゃん、で猫の日だ。この日、好き合っている者同士に突如猫耳としっぽが生えるのは最早同人界におけるお約束なのである。



にゃんにゃんにゃんの目覚めの早さは土方の人生で間違いなくベストワンであった。心臓が飛び出そう、という表現を身を持って知ったのだから。段々にクリアになっていく視界、のんきにたゆたう沖田の猫耳としっぽ―――思い出すと土方の胃はぎゅうと痛む。
その衝撃の光景を目の当たりにした日から今日で三日が経過していた。依然、土方と沖田にはふさふさもふもふで髪色と同じ猫耳と尾が寄生したままである。少しずつ違和感が薄れてきたのだから非常に憎らしい。すれ違う隊士に二度見されることも、朝洗面台の鏡に映る自分に驚愕し、歯ブラシを落とすこともなくなってしまった。人間の適応力はやはり侮れないと土方は妙なところで関心した。


あの日、早急に山崎に液体の正体を調べさせたとかろ、案の定天人産のおかしな薬であることが判明した。効能は、液体が触れた人間へ猫の耳としっぽが生えるというもの。ただそれだけ。一体どこに需要があるというのだ。実に下らない。その報告を聞き、ふざけるなと土方は拳を握りしめ青筋をたてたのだが、近藤が、


「わーすごいトシ!しっぽも耳も立ってる!やっぱり怒るとギザギザするんだなぁ!」


と子供のように心底感心した声ではしゃぐので一気に脱力した。額に手をやり、何度目か分からないため息を深く深く吐く。


一方沖田はというとちょっとしたアイドル状態だ。性格にそぐわず愛らしい顔立ちをしているため、苛つくくらい猫耳が似合う。神山なんて一目見た瞬間鼻血垂らしながらカメラを構えていた(気持ち悪いと新作バズーカの実験台になっていたが)。大好きな近藤に可愛い可愛いと一心に構ってもらい非常にご満悦の様子である。頭を撫でられ、まるで元々付いていましたと言わんばかりの顔をした耳としっぽをぴょこひょこと動かす。幼子のような満面の笑顔をしていて、今にも喉がごろごろ鳴りそうだ。


もちろん土方と沖田は市中見廻りなど、外の業務からは外れることになった。こんなときにテロでも起こったらどうしようと土方は気が気でならない。戦どころか、おちおち煙草を買いに行くことも出来ないし、それに副長の威厳が全くない、と土方は尾を垂らしてふざけんなとひとりごちる。しかし沖田は気楽なもんで、一週間すりゃ治るんでしょうとのんびりキャットライフをエンジョイしている。そりゃお前は面倒くさい外回りがなくなってさぞ嬉しいだろうよ。土方は眉をひそめ、畳に転がる大きな猫を見ながらやはり深いため息をつくのだった。残念ながら猫耳が生えた土方はただの土方十四郎でトッシーではなく、萌えアイテム云々はさっぱりわからない。トッシーだったらこの状況を沖田以上に楽しめただろうに。


黒猫生活四日目は春に似た日和だった。デスクワークの合間に土方が縁側に出でてみると、ひだまりの中に大きな猫が座っている。無論その正体は沖田だ。どうやら午睡後なのであろうか、掌で目蓋を擦り、瞳をきゅうと瞑って太陽へ伸びをするのだ。まるでほんとうの猫。土方が近付くと床板がギシリと歪むみ、その音で沖田は緩やかにおもてをこちらへ向ける。陽光で、琥珀色の睫毛が透き通って見えた。


「あらら土方さんサボリですか?」
「お前じゃねーんだ。休憩だよ。」


ニヤニヤ笑って渡された冗談へ律儀に言葉を返し、土方は沖田の隣に腰を下ろす。なるほど、日光が存分に当たって確かに気持ちがよい。ポケットから煙草を取り出し、どうしたんだと笑みの訳を尋ねると、アンタやっぱり猫耳似合いますねと意味が分からない返事がやってくるので土方はむっとしてみせた。


「そりゃお前だろ。こんなとこで丸まりやがって。」
「まー俺可愛いですもん。そりゃ土方さんが嫉妬するくらい似合いまさァ。」
「なんだそりゃ。自分で言うかよ。」


ライターで口にくわえた煙草へ火を灯し、土方が呆れた表情を浮かべると沖田は一層嬉しそうにあどけなさを双眸へ宿す。山崎お手製、臀部にしっぽ用の穴を開けた対猫用対服から伸びる栗色のしっぽがしたーんしたーんと弧を描く。土方はその、丸くアーチを描くしっぽを見ながら、もし沖田が本物の猫になったとしても鰹節より俺の不機嫌を好むはずだと思う。はぁ、まったく。目より口より物を言うしっぽに土方はハイハイと煙混じりに適当な言葉をかけるのだ。


「土方さん可愛くねーの。」


沖田は土方の適当が気に食わないらしく、くちびるを尖らせて林檎三つ分の距離を詰め、土方の腕へ擦り寄る。まるでマーキングのような行い。突然ふらっといなくなりふらっと現れ、しばしば猫のようだと形容される沖田のその仕草は、たとえ耳と尾がなくともほんとうに猫のようだ。
お日様をたっぷり浴びて熱を帯びた土方の隊服へ沖田は頬を寄せる。土方は率直に可愛いと思ったので、頭を撫で、横に流れた毛束を耳にかけてやった。土方の黒いしっぽが右へ左へ打っては返る。


「土方さんもしっぽ揺れてる。」
「そりゃお前がかわいーからな。」
「そーです。だからもっと可愛がってくだせぇ。」


ごろごろ甘えた声で強請る沖田を土方はすとんと横に倒して、頭を膝に乗っけてやった。土方の思いがけない行動に沖田はぱちくりと瞬きをした後、頭の三角でひょこひょこと満足を主張した。土方はそのすべすべしい毛並みも指先で優しく撫でてやる。ついでに喉元をくすぐってみると、やめなせェと沖田は伸びやかに澄んだ声色で言う。暖かく滲んだ愛しさがくるくると螺旋を描く。土方の膝の上にちょこんと乗った質量が穏やかに言葉を紡いだ。


「ねぇ、一回くらいけもみみしっぽプレイってのもよくねーですか?」
「奇遇だな俺も今そう思ってたところだ。」


土方が煙草を挟んだ口角をきゅっと持ち上げると沖田は良い作戦を思いついたいたずらっ子の顔をする。沖田は土方が悪い大人の顔をするのが好物なのだ。もし本当の猫になったとしても、猫じゃらしより土方のそれに情熱を注ぐ。
沖田はへへへと笑って、にゃあ、と猫の鳴き声を真似てみせた。にゃあ。みゃあ。ふにゃん。子猫の可愛いお誘いに対して、土方は


「夜になったらな。」


と膝上の尖った耳を摘んで思い切り甘ったるく囁いた。茶色いしっぽがしたんしたん揺れる。黒いしっぽも同じように揺れる。猫は大変素直でよろしい。長いふたつの先端をぴたりと触れ合わせ、くちづけじみたことをする。
ひだまりの中、黒猫の膝枕で幸せそうな茶色い猫はゆっくりと瞑目する。どうやらもう一眠りするらしい。土方は呆れた顔をするが、沖田が幸せそうな顔をするので何となく許してしまい、今一度頭を撫でてやる。猫も案外悪くない。ハプニングはとことん楽しんだもん勝ちなのかもしれない。ゆらゆら揺れるしっぽのように青空へと上りゆく白い煙を目で追いながら、土方はそんな風に思うのだ。







にゃんにゃんにゃんの日記念。土沖×猫耳なんて鬼に金棒みたいなものですね。

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