ハートの音は年中無休で聞こえるのです | ナノ

ハートの音は年中無休で聞こえるのです



九百九十円で買ったイヤホンは大体半年も経たずに壊れるんだ。今回も、前回も。確かその前なんて二ヶ月弱の短い一生だったはず。それでもなんとなく、学校帰りのあの店で、また同じ色した同じ値段の同じイヤホンを手にとってレジ行ってお会計しちゃう俺は、土方の言うとおり学習能力ってもんがないのかな。でもきちんと本来の目的通りに使用してるわけで、つまりふつう数ヶ月で壊れはしないわけで(絡まって壊れるとかないよな、うんない)。
だから今度こそはって思ってしまうんだ。それは一種の賭。ああダメだって思っても俺はまたアイツに九百九十円ちゃりんと払うんだろう。それはもはや決定事項。諦めが悪いって?知ってる知ってる。


で、今回のイヤホンはどうしてだか片方だけ聞こえなくなりやがった。ファック。昨夜いきなり右っかわからざらざらのノイズが流れ込んできて、音楽が途切れ途切れになって、徐々に空白が占める感覚が長くなって、そのままご臨終。まるで心臓みたいな終わりだと思った。でも左っかわは今日も健康体で元気に音楽を鼓膜に届けてくれているもんだから捨てるのにはちょっぴり未練が残る。そんな諦めが悪い俺は中途半端なイヤホンの有効活用法を思いついたのであった。賢い。用意するのは俺、例のイヤホン、土方十四郎。簡単!


さあ実践。
俺のクラスは他クラスの五倍は騒がしいので(推定)、狙ったのは屋上でのランチタイムだった。そうそう、このイヤホン有効活用は静かな空間じゃないと出来ないので。本来屋上は立ち入り禁止なもんだから当然静かである。今日も俺たち以外に人気は無し。綺麗な青空だけが一面に広がっている。
俺はともかく、真面目な(よく思うけど勉強以外は真面目じゃなくないかこの人)土方がどうして見つかったら生活指導室行き決定な行いを毎日やってるかっていうと、それは手元に注目してみればすぐ分かる。好ましい形をした指先に挟まれた未成年は吸っちゃいけない有害物質の塊、要するに煙草。慣れた手付きで薄いくちびるに加えて、ふぅと白を吐き出す。土方は優等生のふりがとっても上手。あーあ、仮にも風紀委員会副委員長なのに、いけない人。黄色い犬のエサを真顔で食べ終え、一服(法律違反)も終えたお隣の土方へ声をかける。


「ひじかたひじかた。」
「何だよ。」
「これはめて。」


ゆるりと向けられたおもて(無駄に整っている、好みだ)にそう言って、ポケットからごそごそ取り出したのはごく一般的な携帯音楽プレーヤー。嬉しくない方向に特殊なイヤホン付き。ハテナ顔した土方に、ん、と片方イヤホンを渡してやる。


「んだよ急に。」
「えーといい曲があったから?」


理由なんて求めるな土方よ。俺が考えてるわけねぇだろ!それに理由は何でもいい。イントロ当てクイズとかそんなんでいい(あ、片方聞こえないから出来ないや)。とにかく土方の穴にコレを突っ込みたい。今のは断じて下ネタではない。


「なんでお前が疑問系なんだよ……再生した瞬間すげぇでかい音が鳴るとかそんないたずらじゃねーだろうな。」
「大丈夫でさァ。片耳俺もつけるし。」
「なら、まあ。」
「たまには音楽でも聞いてまったりしやしょう。」


なーんて。
早く早くと急かすと土方は腑に落ちない顔ながらもイヤホンを耳に装着してくれた。正常に音が聞こえる、左側を。やっぱりこの人はガードが堅いように見えてチョロい。そして俺はただの耳栓もどきと化した右側をきゅっとはめる。準備完了。再生。


ピッと人差し指で再生ボタンを押すと、いち、にい、と音楽が流れ出す。サビをめがけて曲は淀みなく進む。多分。だって俺には聞こえない。いや、だから壊れてんでしょ、って言われなくても分かってる。俺の頭は壊れてないからな(勉強はからっきしだけれども)。じゃあどうしてかって、言ってしまえばこの距離感が欲しかったから。ふたりの人間がひとつのイヤホンを右と左で分け合ってゆったりまったりしようと思ったら、必然的に寄り添う形で座らなきゃならないわけで。つまり土方とものっすごく近いわけで。(ああそうだよ百パーセント下心だよ!)
しかも、こちらは無音なわけだから土方の息継ぎとかふと漏れた鼻歌とか腕動かしたときの布ずれの音とか、土方が生み出すあらゆる音がすごく近くで聞こえる。サビじゃなくったってこっちは最初っからクライマックス。九百九十円でこれはとってもお得なんじゃないの?


誰もが認めるサディスティック星の王子様が絶賛桃色の片思い中(しかも中学生レベル)なんて絶対言えない。言ってやんない。でもどうしよう。長い睫毛に触れて、黒い髪の毛に触れて、おまけにあんなとこやこんなとこにも触れてみたい(性欲も中学生男子並み)。すき。好き。気に食わないのと同じくらい。ああ、やばい。もうこれは病気だ。


「お前何唸ってんだ?」
「うっせぇ死ね土方!」
「あんだよ!っつーかこれなんて曲?」
「あ?えーっと……」


危ない危ない、俺には聞こえてないんだった。ピッと音楽プレーヤーを操作。どれどれ、と再生中の曲名を見たら甘ったるい恋愛ソングだったもんで、うーと大きく唸ってやった。シャッフル機能、空気読むなよテメェ。


「で、なんて曲?」
「土方には教えたげない。」
「はぁ?」
「最初のチャンスは半年後かな。」
「ますます意味わかんねぇよ。」


もしも。
もし今日の放課後いつもの店で買ったいつものイヤホンが半年後も元気だったなら。俺の両耳に音楽を届けてくれていたなら。そんときは俺もはっきりきっぱり好きってちゃんと言うからさ。その呆れ顔を驚愕に変えてやる。待ってろ土方。恋の歌より刺激的な愛の言葉を!な!







なぜかイヤホンの右側が毎回壊れる腹いせを込めて。

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