クローゼット。上質の木から造られていて、触れると指に心地よいほど滑らかな深い茶色のそれはアパートの一室に在った。窓から差す朝日をまぶしいほどうつしこんでいる。
 部屋の持ち主である静雄は、毎朝日の光が差すころに自然と目が覚める。目覚まし時計などは使わない。たとえ使っていたとしても朝、鳴り響く音を止めようとする都度破壊してしまうため、彼には不必要なのだ。
 しかも静雄は、起床を別段苦としていない。クローゼットの反射により室内に朝日が満ちたのをまぶたの裏で感じ、すぅっと起きることができる。呑んで帰った日や、遅くにベッドにもぐり込んだ日はこの光をうっとうしいと思うのだが、特に何もない、日常に組み込まれたような朝だといっそう美しいと感じるのだ。
 今朝も静雄は日出に次いで目覚め、まぶしさの元であるクローゼットから本来ならバーテンダーが着用するはずの服を取り出す。以前弟の幽が、静雄のバーテンダーの仕事が上手くいくようにとくれたものだ。案の定仕事は長続きせず、その後偶然出会った中学時代の先輩であるトムが誘ってくれた今の仕事に就いている。
 このクローゼットもトムが静雄に就職祝いとして買ってくれたものだ。中古の家具屋で値切りに値切って、店長が直々に赤字覚悟の値段で売ってくれたらしい。静雄はもし自分がトムの立場だったら……と思う。もしトムの立場だったら、キレて暴れてしまうかもしれない。暴力が一つの可能性である以上、値切ることすらしなかっただろう。トムはそれを見越して静雄にプレゼントをした。実際にそれを口に出さないところがトムという人間であり、静雄が大切にしたいと思う人間の一人であった。
 たくさんのバーテン服の中から一着、今日着るものをとろうとすると、指先が隣の服に触れた。就職活動用に使っていたそれはつい数ヶ月前まで着ていたはずなのに、何年も前に着たのが最後のような、懐かしい感覚におそわれた。これを着て何軒も仕事を断られたり、怒鳴られ追い返されたりしたのがずいぶん前のようだった。
 静雄はその服を取り出し上から下までながめると、クローゼットの一番奥にしまった。そしてもう一度バーテン服に手を伸ばす。しばらくスーツは着たくねぇな、と微苦笑を浮かべながら。扉が閉められた後もクローゼットは穏やかにかがやいていたという。


朝の輪郭


20100326



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