「君が気づいたかはわからないけれど、大切な婚約指輪を隠しました。探したいのなら今日、夜九時に来良学園の正門へ」

 文面を再確認し、携帯電話を閉じた。このメールが届いてから、何回、いや、すでに何十回も読んでいるはずなのに指が勝手に動いてしまう。無関心を装おうとすればするほど気にせずにはいられなかった。携帯電話を触る回数と煙草を吸う本数が自然と増えていた。溜め息をつくようにすると口から白い靄がゆらりと上った。指先の灯りが欠け、一つか二つ地球へ降りていく。寒空の下、メールの送り主は未だ姿を現さない。ちょうど一時間前が九時だ。メールの送り主が自分に指輪を探させるつもりだということが理解できたから、ヒントも何も無しに探すよりは待ち合わせ場所で待っていた方が良い。そう思い、時間が過ぎても帰らなかったし一人で探そうともしなかった。その選択肢のどちらとも自分が選んでしまいがちなものだったけれど今回はそうはいかなかった。迂闊に行動することはメールの送り主の機嫌を損ねてしまう。出来ることなら明日までには返してもらいたい。実際には明日は必要ないけれど、それがあるのとないのとでは心境がだいぶ違う。慎重に考えたのはその指輪が大切な人にあげた大切なものの片割れだったからだ。つまり自分のものであり、相手に渡したものと同じく大切なものだった。明日、静雄はその人と結婚式を挙げる。

「ごめんねー、シズちゃん! ちょっと道に迷っちゃって!」
「嘘付け。高校三年間毎日迷子だったのか手前は。名前変わったけど場所変わんねーだろ」
「あの頃は自宅から通ってたでしょー? 事務所から来ると道が違うからさあ」
「いいから、さっさと」

 案内しろ、と言うと臨也は口を尖らせて非難の声を上げた。普通に教えたら隠した意味ないじゃん! 指輪を隠した上一時間以上待たせておいてこんなことを言うやつは、一度頭をガツンとやるべきかもしれない。冷たく燃える怒りを一撃に込めるために静雄が近くの標識をつかみに行こうとすると、臨也は軽いステップでその前に立ちはだかった。コートの裾が闇に跳ねる。伸ばした右手にはナイフが握られ、静雄の首筋にひたりと添えられている。とりあえず、中に入ってみればいいんじゃない? 目で校舎の方を見ると不適に笑った。どうせあと数時間で世界が終わるから他はどうでも良い。そんな捨て身の余裕さを見せ、臨也は門を乗り越えろと命じた。

「俺さあ、結婚前夜の男の人って相手のことを抱きしめながら眠るんだと思ってた。シズちゃんは違いそうだね、それまでに帰れるかわかんないし……彼女、先に寝ちゃってるかもね」
「手前のせいだろうが。だいたい結婚前夜に指輪隠して心配事増やすとかどんな嫌がらせだよ。一辺警察に捕まってこい」
「そんなあ! 俺が捕まったら警察の人に学校に忍び込んでるシズちゃんのことも話しちゃうかもしれないよ……! 奥さんが愛想つかして実家に帰っちゃうかもしれないのに……!」
「ったくなんでそんな楽しそうなんだ……もうガキじゃねーってのに」
「だって夜の学校って楽しいじゃん! ……あ! 今誰か音楽室に!」

 静雄が音楽室の窓を見上げると少し前を歩いていた臨也に腕を引っ張られた。予期していないことに体が傾く。「う、そ!」耳に息を吹き込まれぞわぞわと寒気が駆け上った。思わず飛び退き第二の攻撃に備え耳を手のひらでふさぎ睨みつけたが、何も来なかったので反撃に出る。

「手前そろそろ黙「そろそろ静かにしないと、通報されちゃうかもね」

 声を荒げるとこれだ。「ならもう話しかけるな」と言うと「じゃあ指輪についても教えてあげられないねー? 今日は諦めようか」と返されるしこれほど面倒なやつは他に出会ったことがない。人の揚げ足を取るのを競う検定があったら段位は取れるレベルだろう。最もそんな検定はないし、仮に資格を持っていても使い道なんてないわけだが、それより。

「指輪、どこに隠したんだよ」
「ひみつー! 思ったよりわかりやすい場所なんじゃない? まあ、いろいろ見て回ろっか」


北風よ、吹き飛ばしてしまえ(1)


20101121



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