ねぇラファータ、二周年おめでとう!>にゃんたん



 誰かと二人で旅をしてみたかったんだ、と新羅は言った。余所見をしているうちに、景色は風に流れていく。家の方に近づくにつれ、少しずつ灯りが増えてきた。電車の速度。動かない街。ぽつぽつとした光が後ろへ吸い込まれて行ってしまう。おばけが口を開けて追いかけてくるよ。白いワンピースを着た少女が不安げに隣の女性に言った。
 電車の内側には空気の振動が届かない。窓が開かないからだ。風ですら隣の男の髪を梳くことができないという事実に、臨也は笑ってしまいそうになる。それができる者はきっと、夜になった今も黒いバイクに乗って仕事をしているはずだ。人間の女性の形をした、首から上の無い美しい化け物である。今現在隣にいる、臨也ではない。そんなこと、やろうとしたこともないけど。なんて言っても、微笑んでいる男には意味がないし、聞こえないだろうなあ。いや、恋は盲目というから、もしかしたら耳だけは良いかもしれない。
 臨也は新羅の横顔をすっと盗み見る。黒い縁の眼鏡の縁の隙間から、落ち着きに満ちた瞳を眺めていた。視線に気づいた新羅は、今日の旅は大成功だったね、と言うかわりに笑みを浮かべた。もう少し隠すようなことはしないのだろうか。見ていて恥ずかしい。新羅は自分の好きな物事の話をすると実年齢より幼く見える。その姿を見ていると苛々してくるのは、セルティとの関係を惚気るときと同じテンションだからだろう。しかし、お互いに仕事の休業日なんてあってないようなもので、こうしてふと時間の合ったときに遠出するというのも悪くない。旅行に行った経験は子供のころか、はたまた修学旅行くらいしかない。きっと新羅も同じだろう。
 通りをはさんで隣の座席に座っていた少女が臨也たちの横の窓を指差して母親に耳打ちしていた。振り返れば、すでになにもなくて、ただの闇と街の灯り。もう一度ここに来たい、と率直に思う。この場所、この時間、この空気。しかしできないことなのだ。この乗り物は自分の意思で止まることができない。行ったり来たりの繰り返し。それは仕方のないことだ。先ほど何があったのか。少女と隣で笑っているふくよかな母親と、二人で共有できたなら微笑ましい。自分が振り返っても切り取られた景色は蝶の羽一枚ほどの大きさ。すぐにぱりぱりとくずれてしまう。お父さんに話そうね、という声が電車の揺れる音と混ざる。家で待っている人がいる。伝えたい。その大きな思いを細い腕に抱いて。

「隣にいるのが運び屋だったらよかったのにね。残念?」
「そうだね」

 ゆっくりと頷いた新羅が少し疲れて見えたので、純粋な興味とともに皮肉る。運び屋は俺が仕事を頼まなくても自分のかわりにはこれなかった。そう思うだけで優越感の海に浸ることができる。それを微塵にも感じさせないほどのポーカーフェイスは備えつけているつもりだ。

「否定はしないんだ。でも楽しそうにはしてたね。俺と一緒もたまにはいいでしょ」
「うん。今日は、改めて臨也が情報屋だったことを思い知ったよ」
「なんで?」
「隠れミッキー」

 ああ……そこかあ……。もうちょっとなんか、さあ……。新羅は見つけたとき確かに喜んではしゃいでいたし、臨也もつられてうれしくなった。ついでに踏むと喋るマンホールの位置を教えてあげようかと思ったが、それではつまらないと、ひとつひとつ踏んで探したりもした。幼いころの遠足でしか来たことがなく、そのころはまだそんなサプライズがあるなんて知らなかった。臨也も初めて体験することだったので新羅ほどではないけれど表情にも出てしまっていたはずだ。普段から情報屋を営んでいるのをわかっていて、ときどき利用するはずなのに新羅はどうしてこう……少しずれているというか……。情報屋、やめたとしてもこいつには問題ないのかな。それでも一緒にいれるのかな、なんて思ったりもして。

「……俺じゃなくても知ってる人たくさんいるって」
「僕は知らなかったんだ。教えてくれたのが臨也でよかったよ。だって本当は知ってたんでしょう? マンホール」
「気づいてたんだね」
「いつかセルティと一緒に来たときに教えてあげたいよ。いつになるかわからないけど、そんな日がくるといいな」
「運び屋が人間の前に姿を現す日? 無理だね。まず君が耐えられない。でしょ? 運び屋に思い出を話して一緒に夢を見たほうが、よっぽど建設的だと思うけど」

 臨也は臨也なりに二人を祝福していた。けれどそれとこれとは違う。臨也は新羅と二人だけの時間を大切にしたい。また旅行に行く日が来ることを胸の底のずっと暗いところで望んでいた。閉じ込めたはずのそれが、すり抜けて出てきてしまうなんて。残念だ。こんな情報だれにも売れない。売る気もない。意地悪な物言いの真相をだれより自分がすばやくつかんでしまったものだから、恥ずかしさとかせつなさとか幻滅とか、そういうものが一気に押し寄せる。これが自分でなかったら面白いのに。しかも今の言葉で全てわかってしまったのだろう。良い意味でも、悪い意味でも、頭が良いやつだ。新羅は。

「……ありがとう。セルティが夢の世界を思い描けるように、またこようか」

 臨也は、ため息とともに笑みを吐き出し、大概ばかだね、と大きくつぶやいた。新羅にも聞こえるように。流されるのは目に見えている。きらきらしたパレードも、はやる心も、かわいらしいつけ耳も、楽しい記憶も。この思いも、全部、全部、四角い箱に閉じ込める。ゆれるキャリーバッグと電車の音に耳を傾けて。次開けるときは、今日より少しだけきれいな音で鳴りますように。辛辣な言葉で歌うことがありませんように。


オルゴール


20100918
(最終編集日:20100923)



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -