\Happy birthday Toufuno-san!!/



 パンと牛乳の入ったビニール袋を片手に静雄は半端だった教室のドアをかたん、と枠にあたるまで閉める。木のぶつかる音が教室だけでなく廊下にも響いた。気温としてはいつもより暖かいけれど閉めたのは自分のためではなく教室にいたもう一人のためだ。この時間は隣りのクラスも自分のクラスも移動教室で周りには誰もいない。静雄のクラスは体育で、晴れ渡った中サッカーをしているらしく見知った小さい影たちがグラウンドを走りまわっていた。顔を見分けようと目を細めるがさすがにこの距離だとどれが誰だかはわからない。静雄は四限をさぼっているわけではなかった。体調の悪い臨也の付き添いをさせられているのだ。教師はただ厄介払いをしたかっただけだろうな、と思考を巡らせる。臨也の付き添いなんて嫌なものでしかなかったけれど、いつもこのくらい静かだったらいいのに、と仕方なく付き添っていた。
 教師に付き添いを頼まれたあと保健室じゃなくていいのか、と聞いたのだが臨也は教室でいい、見られてる感じがするから、と言った。わかってたんだな。その言葉を飲み込み奥に閉じ込める。静雄と臨也は学校公認の問題児だ。この学校にいる人間なら知らないものはいないだろう。例え何もしなくても、存在自体が興味という視線にさらされていた。その肌から染み入る感覚は内側まで突き刺さる。

「臨也、まだ頭痛いか……?」

 声をかけたのだが部屋に響くばかりで返事がない。かすかな空気の音。机をどかしてスペースを作り、椅子をいくつか繋げた上に横になっている臨也はどうやら眠っているらしい。呼吸にともない胸が上下し差し込む日差しに髪の色が変わって見える。一度も同じ瞬間がないのだ。静雄は固い椅子に背中が痛くならないかと心配してみるが関係ないといった感じに臨也の意識はここにはない。静雄はビニール袋を臨也の隣の机に置いた。ビニールがゆっくりと重力に従う。
 静雄は余っていた椅子を臨也の隣りに持ってきてそこに腰掛けた。ホイッスルの音。サッカーの試合が終わった。片付けをして、男子は着替えで教室に戻ってくるだろう。あと少し寝かしておこう。起こすとうるさいから。そう思い、じっと臨也の姿を見つめる。こいつが黙っていればもっと仲良くなれたかもしれない。毎日喧嘩などしないで、もっと、もっと。

「大丈夫だったら起きろ。授業終わるから」

 わき腹の辺りを指先で軽く、ぽんぽんと叩く。臨也、と呼ぶ自分のそれは図らずも楽しげで。先に購買に行っておいてよかった。体育帰りのクラスの生徒たちが寄ることで、並ばないと買えなくなっていただろう。

「姫は王子のキスで起きるんだって」

 臨也はようやく目覚めたようだ。寝起きの芯のない声。昔絵本で読んだ、色白の姫の童話。まだ起きたくないから言ったのではなく、そのままの意味だろう。静雄は頬がかぁっと熱くなり、無理だと否定しようとするのだが臨也はうっすら開けていた目を再び閉じようとしていた。おやすみ、シズちゃん。きっと帰りまで目を覚まさないつもりだろう。正しくは、五限の怒った教師に帰らされるまで。静かな臨也の方がまだいいのにそれは面倒だ。
 授業の終わりのチャイムが鳴る。四つの音で構成された和音の余韻はなかなか消えない。
 生徒が戻ってくるまでに時間がなかった。静雄は片手を臨也の頭が乗っている椅子の背もたれに置き、唇に臨也のそれを重ねた。たった一瞬なのにとても長くて。心臓の音が臨也にまで聞こえるのではないかと思ったくらいだ。静雄はずっと座っていた椅子に腰を下ろすとビニール袋を指で遊びながら、起きたか、と聞いた。頷いた臨也は学生服の袖で顔を隠す。お互いに顔を見られなかった。シズちゃん、ごめん。これ、ファーストキスだ。つぶやいた臨也に俺も同じだと返す。少しずつ廊下の騒ぎ声が近づいてくる。教室のドアが開いたらそれを合図に終わってしまう気がした。もうちょっとだけ寝たふりしてていいかなぁ。次はちゃんと起きるから、お願い。はにかむ臨也がまぶしくて静雄は顔を直視できずに。頼まれた静雄が臨也を起こすことができたのかは、二人だけの秘密。


キスで起こして


20100429



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