一週間の自宅謹慎が終わったけれど臨也は全く嬉しそうではない。ポジティブにとらえれば休み明けだというのにその表情はすでに疲れきっていた。休みの間、毎日池袋の街で静雄とのチェイスが繰り広げられていたから当たり前だろう。プラス反省文とくれば、心身ともに休まる時間がないわけだ。池袋に行けば静雄と鉢合わせることなんてとっくに承知していた。二人ともわかっていてわざわざ出かけようとする。気分を害することは目に見えているのに。臨也はなぜ自分たちが中学時代に出会わなかったのか不思議でならない。きっと相手の姿を認識していなかったからだ。噂なんかで聞いていたとしても、実際に自分の目で見なければお互いの本質なんて理解できないのだ。
 中学時代、静雄の噂はいくらでも臨也のところへ舞い込んできた。ヘイワジマシズオという中学生が高校生を病院送りにしたとか、どこかの暴走族に入っているとか。中学生の噂なんてものはどこでどうねじ曲がっているのかわからない。だがそれに臨也は興味を持った。利用価値を見いだしたのだ。自ら進んで情報を集めていけば余計に平和島という少年にのめり込んでいき、調べれば調べるほどそそられた。なのに同じ高校に入学して話をしてみれば喧嘩から発展して殺し合いになる始末。頭が悪いんだよ、と臨也は言う。利害を考えて行動しようとしないから。シズちゃんは。
 朝、登校した臨也は教室にはよらず、先に反省文を提出しようと階段を上る。ノルマを期限より早く完璧にこなすことが教師の信頼につながることを知っていた。タイムリミットは今日が終わるまで。担任はこの時間なら準備室にいるだろう。新聞を読みながらコーヒーをすすっているはずだ。とんとんと一段ずつ踏みしめながら反省文を読み返す。反省文を原稿用紙に五枚分、最後まできっちり書いて提出しろだなんて馬鹿げている。しかも初めの一文が「廊下にガソリンを撒いて申し訳ありませんでした」と決められているなんて、思想の強要も甚だしい。
 準備室のドアを手の甲で軽くたたくと、中から寝ぼけたような声で「入りなさい」と返ってきた。臨也の予想は一つとして違わなかった。担任はぱっとしない顔に、言うとおりに大人しくしてくれれば成績はやるからな、と書いてあるような教師だ。こういう教師は扱いやすい。表でははいはいと従っていれば後は何をしていても文句は言われないからだ。臨也は「すみませんでした」と頭を下げた。もう二度とこんな事件は起こしません、と申し訳なさげな声音で反省文を手渡す。頭を下げることに抵抗はないが内心ではそんなこと微塵にも思ってはいない。この程度で担任が騙されてくれることを知っていたのだ。お前もなぁ、と教師はマグカップに口をつけ話し始める。

「お前も平和島とつるまなかったらこんなことにはならなかったのに。あんな馬鹿と一緒にいるから事件なんか起こすんだよ」

 初めは笑って聞き流すつもりだったのだが、担任の話が長くなるにつれて冷たい怒りがわいてくるのを感じた。担任のけらけらという笑い声に紛れている静雄への侮辱。

「先生」

 口にした言葉は、話し続けていた担任の意表をつくものだったようだ。なんだ? そう尋ねようとした担任は臨也の一見爽やかな底冷えのする笑顔に何も言えなくなる。臨也は声を荒げまいと一呼吸おいて話し始めた。

「先生。彼の頭が悪いのは否定しません。でも、あんたが思ってるより駄目なやつじゃない。人のことちゃんと見てないのはそっちでしょう? それ以上彼を悪く言うようでしたらこの写真をばらまいてもいいんですよ?」
「なっ……」

 机上を滑らせた写真にはネオンの瞬くホテルに若い女性の肩を抱いて入っていく担任の姿。その背中は先月三男が産まれたばかりの父親には間違っても見えなかった。いつか使えるだろう、と調べておいたものだ。臨也は指先に写真を挟むとひらひらと風になびかせながら、準備室を後にする。担任は臨也に裏があったことよりも浮気写真の方がショックでしばらくは動けなさそうだった。部屋にはコーヒーの湯気だけが揺れていた。
 乾いた短い音を立ててドアが閉まる。準備室側の壁にもたれて立っていた静雄は部屋から出てきた臨也に声をかけた。振り向いた臨也は酷く動揺し、静雄から目をそらす。えーっと、シズちゃん。一つ聞いていい? いつから聞いてたの? はじめから。その返事に、よく暴れなかったなぁと思いつつ、いたたまれない気持ちに逃げ出したくなる。自分ですら、静雄をかばうとは思いもしなかったのだから。


この空気どうすんの


20100410

僕らの戦争さまに提出させていただきました。



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