一瞬の閃光。しかし太刀筋は鈍く、まだ人の子になり切れていないことは明白だ。
返す刃が、『彼』の体を貫く。鮮血が散った。
「能が、悪いぜよ……っ」
刀だったものは、もう鉄とは交わらない。
絵の具をぶちまけた青い空の下、その光景を見ながらも、身動ぎ一つ出来ないものがいた。
「……いきなり、やってくれるよねェ……!」
背中には冷や汗。五月蝿い鼓動。無意識の、歯ぎしり。
審神者は己の手をじっと見つめるが、輪郭すらおぼろげで、新月の夜というのはこんなにも暗いのかと、今更ながら自分の置かれている環境を理解した。
成り立ての身にえぐいよ。と無理に軽口を叩いてみせたが、網膜に張り付いた血の記憶は薄れない。
【心得ろ、心得ろ、】
父親か、それでなければ洗脳セミナーの映像のような声が直接脳に送り込まれてくる。
「何をだよ! 吉行! 吉行!!」
はたから見れば一人刀に縋りつつ一人怒鳴り散らす滑稽な様子であったが、幸いにも審神者と折れた刀を見るものはいない。
幼子が青い空を背に血まみれの青年を抱きかかえ、瞳から涙を流す様は、誰の記憶にも記録にも残らない。
【すべてはお前の手にかかっている。『彼』らを生かすも殺すもすべてお前次第だ】
「うるさい! はやく! はやくこいつを治してよ!! 僕の初期刀なんだろ! いきなり負けバトルってどういうことだよ!!」
叫んでいる間にも血は流れる。しかしそれも、段々と量が減っていき――審神者は絶望に目を見開いた。
『吉行』の唇が、微かに震える。
「ゲーム感覚でやっとうと、しぬるよ?」
鉄の瞳は、冷たい。
「ああああああああもう!」
二度目の覚醒。勢いよく体を起こすと、今度は恐怖よりも怒りを強く感じた。
「くそっ、くそっ、くそっ!」
審神者はがちがちと親指の爪を噛む。
こんなことで心揺れる己も、機械じみた命令口調も、体温を持った刀も、なにもかも腹が立つ。
廊下から聞こえる、粗野な足音に泣きたくなるほど安心することにも、だ。
「おんしゃあ、どうしゆうがぁ?」
襖が開かれる。まだ眠気眼を擦りながら、陸奥守が間延びした声で尋ねてきた。
「……誰が死ぬかよ。バーーーッカ」
審神者は反射的に舌を出して、吐き捨てるように言う。陸奥守はきょとんと目を丸くしたが、すぐに己が主の前に膝をついた。そして彼の、小さな頭を撫で回す。
「ねぼけちゅうがか。えずい夢でも見ゆうかよ?」
それはまるで子ども扱いで、審神者は眉を潜めた。それから子どものようにぷうっと頬をふくらませる。
「そうだよー。吉行ちゃのせいだー」
果ては唇まで尖らせ、甘えるように近侍の腕を叩く。
この豹変ぶりも常のことで、陸奥守は慣れた様子で「あいあい、ぜーんぶわしが悪いにかぁらん」とされるがまま。
「おんしが寝るまでおるきに、ねんねねんねー」
けれど数分もすると面倒になったのか、陸奥は審神者の小さな体を抱いて、布団の中に潜っていった。
結局、忠実なる刀剣は、朝まで主に心臓の音を聞かせ続けることになるのだけれど。
チュートリアルは大変なものを盗んでいきました
(それは全勝記録です)