うつろなくちびる
「遠山君、遠山君、タコヤキ食べたい」
ゲーム中の遠山の服の裾をぐいぐい引っ張りながら蕗子がおねだりをする。すると、ゲームを一時停止し、遠山が「んー?」と言ってくるりと振り向いた。蕗子は彼の胸に頭を追突させると、「タコヤキたーべーたい」ともう一度おねだりをする。昔より大分落ち着きのある彼は「よーし、じゃー作るか?」と蕗子の頭をぐしゃぐしゃなでて、ゆっくりと立ち上がった。
「作るん?金ちゃんの手作り?わーい」
蕗子がばんざいをして、後ろのベットにゴロンと身体を倒すと、上から「一緒に作らへんの?」と聞こえる。しかし、一度身体を倒してしまうとつい眠気が誘い、彼女は「作って」と甘い声で返答した。
「仕方ないなー。ほな、今日の夜ご飯は蕗子作ってなー」
「えっ!昨日作ったやんか!今日は金ちゃんやろー!」
がばりと身体を蕗子が起こしてキッチンの方を向くと、そこに彼の姿はおらず、彼女の目の前にいて、ニコニコ笑いながら「ほな、タコヤキ一緒に作ろうか」と言った。
「うわ、ビックリした!」
「ほら、立ち上がりー」
「いやー金ちゃんの手作り食べたい」
遠山にぐいっと両手を引っ張られながら蕗子は首を左右に振る。すると、彼は埒が明かないと気付いたのか、蕗子の身体を持ち上げお姫様だっこをする。ふわりと椅子に下ろすと、「そこに座っといてなー」と言ってキッチンの方へ行ってしまった。そして、タコヤキの材料とお馴染みのタコヤキ専用の鉄板を持ってくると「タコヤキを作るんは久しぶりやな〜」と彼がニコニコ笑いながら準備を始める。小麦粉をがさがさっとがさつに入れる姿を見ると、中学生の彼を思い出すようだった。
「中学校の頃はよく作ってたね」
蕗子がぼーっと過去を思い出しながら遠山の服の裾をまたぐいぐいと引っ張る。すると、彼の大きな手が彼女の頭を優しくなでた。
「そやなー昔は蕗子家でよく作らせてもらってたなあ」
「でも、危なっかしかったのは今も変わんない」
「そうかー?ちゃんと今は料理できるで」
「いっつも目玉焼きばっかりなくせにー!」
ぐるぐると生地をかき混ぜながら、着々とタコヤキの準備をする遠山をじーっと蕗子は見つめる。
「…なんや?」
「んー金ちゃん好き!」
「ワイも好き」
中学校の頃は「好き」の意味さえちゃんと理解してなかった少年は、大学生になり大人の男性になっていた。遠山は蕗子に優しいキスをすると、「…タコヤキ、焼く?」と聞いた。蕗子はニコリと微笑み、彼にキスをするとこう言った。
「…まだ焼かない!」
(2009/08/24)