(ろ組と孫次郎)





 孫次郎には嫌いなものがたくさんある。
たとえば文字の羅列を追うことが嫌い。目が疲れるし、頭になんか入らないから時間の無駄だ。だから読書は嫌いだった。図書室に近付いたことも委員会や授業の用事以外では一度もない。紙の束に膨大な情報量が詰まっている、そんなところも嫌いな一つだ。だってこわい。あんな紙の束一つで読み取れる情報なんて。それが積み上げられている場所なんて。こわくてたまらなかった。
 だけど嫌いじゃあないこともある。同じ組の怪士丸の朗読は、孫次郎は嫌いじゃなかった。どんなものでもいい。花がどう芽吹くのか、生き物はどう育つのか、仮想の物語でも、南蛮の書物でもなんでも。あの優しく穏やかな声で読み解かれる本だけは、孫次郎は安心できた。
それは本がすきなのか、怪士丸の声がすきなのかはわからないが。きっと後者なのだろう。怪士丸の居ない書物はこわくてたまらないから。

 嫌いなものは多いが、少しばかり好きなものはあった。同級の平太や怪士丸、伏木蔵。担当教師の影堂先生。三冶郎。一平。暗いところ。動物。虎若は、暑苦しくて馴れ馴れしいからちょっと好きじゃない。でも嫌いでもなかった。
あと、ほかには。血が好き。いきものから溢れるあの赤黒い血が、たまらなく好きだ。
 そう言うと、伏木蔵は呆れたねえと言葉とは反対に、はん、と笑って包帯を巻く。

「僕も血は好きだよ、臓物とか、骨とか、眼球とか、うん。たまらないよね。でも孫次郎のは理解できないなぁ」
「どうして。おんなじじゃあないの、ぼくも伏木蔵も」
「そりゃあねえ好きだよ、血とか。ぞくぞくするもの。生きているものならね。それを治すのも僕は、好き。眺めて愛でているのも好きだけどね。でもぜんぶ生きていることが前提だ。生きているもののほうが美しいもの。でも孫次郎は違うでしょう」

 孫次郎は、死んだいきものの固く赤黒い血が好きなんじゃあないか、そんなのは変態だね。
同じような変人で変態のくせに、伏木蔵はまるで馬鹿なものでも見るかのように笑って言った。前から思っていたけど、伏木蔵はちょっと、かなり、酷いと思う。

「そんなことはないよ、僕、好きなのにはこんなかんじだけど、嫌いなものは見もしないもの。こうやって君を蔑むのは、君を大好きな証拠だよ、孫次郎」
「しゅみがわるいね」
「それ、君にゆってほしくはないなあ」

 ふふふと笑う伏木蔵はやっぱり趣味が悪くて意地悪で変態だった。そんな伏木蔵がだいすきだけどね、くたばっちまえ。


120118

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -