(成長)





 またひとつ、生物委員会が飼っていたいきものの命が消えた。消えた命を弔うための墓を虎若が作り、三冶郎と一平が花を用意し、孫次郎が泣き続ける下級生をあやす。そんな中で墓の前で手を合わせ、はらはらと涙を零す虎若を三冶郎はいつもばかだなあと眺めていた。
といっても、隣では一平もふええ、と下級生のように泣いている。もう六年生なのにこの子は未だに幼さが抜けない。孫次郎は顔を伏せて、うろうろと目を泳がせていた。泣きたくとも素直に泣けないのだろう。難儀な性格になっちゃったものだねえとやはり三冶郎は呆れる。
 いきものが死を迎えることは仕方のないことだ。どんなものであれ、この世に生きとし生けるもの全てに等しく死は訪れる。どうしたって抗えない。当たり前の現象。そんなものにいちいち泣いたり悲しんでいたらきりがない。卒業していった太陽のようにおおらかな先輩の見せた子供のような涙も、人間以外のいきものを愛し愛されていた先輩のうつくしい涙も、今墓の前ではらはらととめどない涙を零し続けている同級の彼らも、三冶郎には理解できなかった。
ただただ、墓をじいっと見つめ、ああ、この子は、ちょっとぼくに懐いてくれていたなあなんて思い返して。それだけだ。

 暫くそうしていると、濁った空からふわりふわりと舞うように雪が降ってきた。冷えてきたよ、もう、もどろう。孫次郎は泣き続ける後輩と一平を連れて飼育小屋に戻る。きっと飼育小屋で鍵の点検をしたら二人とも後輩を帰してくれるだろう。いつもの通りだ。
そしていつまでも泣き続ける虎若のそばにいるのが、三冶郎の役目だった。


「とらちゃん、とらちゃん。泣かないで。寒くなってきたよ。もどろうよ」

「……うん」


 肩にそうっと手を置くと予想以上に彼の体は冷えていて驚く。そういえば、虎若は誰よりも先に墓を作って泣いていた。寒さも忘れて、三冶郎たちがここへ来る前からずうっと泣いていたのだろう。死んでしまった命に。本当に、どうしようもないひと。
ため息も出ないけれど、そんな彼を嫌いにはならなかった。三冶郎はそんな優しく愚かな虎若が好きなのだ。だから、ぼくはね、きみが愛しいなあって思うんだ。立ち上がらない虎若の肩に頭を置いて寄りかかると、彼の冷たさと自分の温かさがまざりあったような気がした。


「……三ちゃんは、先に戻ってていいよ」

「ううん、一緒にいる」

「寒いの苦手なくせに」

「虎ちゃんがいるもん」

「俺、冷たいよ」

「うん、つめたい」

「さむいね」

「さむいね」

「だめだ、なあ。いつまでたっても、慣れない」


へらりと情けなく眉を下げて笑う虎若は四つ年上の先輩だった竹谷八左ヱ門に良く似ていた。自分より大きく泥まみれな制服の裾を握って、虎ちゃんはそれでいいんだよと三冶郎は笑う。


「ぼくが捻くれてるから、とらちゃんはそのくらいきれいでなくちゃ」

「きれいかなあ、そしたら伊助に怒られてないよきっと」

「部屋のはなしじゃなくてー」

「三ちゃんは捻くれてるの?」

「ひねくれてないとおもう?」

「……兵太夫よりはましかな」

「兵ちゃんに聞かれたら落とされるよ」


 そりゃあ勘弁だなあ、そういうのは会計委員長と体育委員長の役割だ。笑う虎若に三治郎は悟られないようにほっと息をつく。やはり彼には涙よりも笑顔が似合う。ぼくは虎ちゃんのきれいな涙も好きだけれど、笑ってくれた方がもっとうれしくて心があったかくなるんだよ。
 冷たい風が吹き、あたたかさを分け合うように二人は寄り添う。それでも墓の前から立ち去ろうとはしなかった。虎若はまだ泣いている。


「三ちゃんはいつも泣かないね」

「ひねくれてるから」

「そうかなあ」

「そうだよ」


 ああでも。はらり、ふわり。舞い落ちる雪を見つめ、指先で雪に触れればそれは体温の熱ですうっと溶けて雫となった。すぐに消えてしまう。いのち。
でもね、とらちゃん。いつもね、胸がね、きゅうってしめつけられて痛いの。苦しいの。目も熱くて頭ががんがんする。どうしてかなあ。

三冶郎の問いに、虎若はぐずっと鼻を啜って答えた。


「きっと、それを、泣きたいっていうんだよ」


虎若に頭を撫でられ、じんわりと目が熱くなる。そしてそこではじめて、三冶郎は泣いた。









(ぼくは、かなしかったのか。)







111207