ふんふんと鼻歌を歌いながら校舎から委員会室までの道を歩く。先程、委員会の担当教師に渡されたその紙袋を両腕にしっかりと持つその足取りは心なしか軽い。紙袋から香る甘い匂いに自然と頬が緩んだ。 早く委員会に行って、みんなに見せてあげたいなあ。きっと伊助くんはぱあってまるで花が咲いたみたいに嬉しそうに笑うだろう。三郎次くんは興味なさそうにして、でもやっぱり嬉しそうに緩める頬を隠しながら受け取ってくれるだろう。兵助くんは自他共に認めるほどに豆腐が好きだけど、こういうものも好きだろうか。好きだったらいいな。 それで、みんなでお茶にするんだ。委員会なのにって三郎次くんはきっと怒るだろうけど、俺と伊助くんがまあまあって笑って、兵助くんがお茶を思ってきてくれたら三郎次くんは渋々といった表情で(そんな表情をつくりながら)、一緒にお茶してくれるだろう。楽しみだなあ。たのし、 「お、ひょおおお」 一瞬地面が消えたかと思うと、体が宙に浮いて気付いた時には冷たい地面の上にいた。どしん、という衝撃と共に鈍い痛みが体を襲う。 こんな時でも両腕に持った紙袋は死守である。が、がんばった、俺。 落ちたままの仰向けの状態で上を見上げれば空が見えた。遠くで鳥が鳴いている。うん、今日も清々しいくらいの青に空は包まれている。いい天気だ。 そんな天気の中で俺は何をしてるんだろうなあ。穴に落ちるとか。この学園に来て少しは罠とかそういったものに慣れてきて、注意していたつもりだったけど。現実はそう甘いものでもなかったらしい。手厳しいね。 首を傾けて穴の中を見てみると、かなり広い。そこで初めて穴の中に俺以外の人間が居ることに気付いて、みっともなく悲鳴を上げてしまった。ぱちり、と目が合ったその子は、俺と同じように仰向けで寝転がっていた。ただ顔だけはこちらに向けて。 「綾部だ」 「はい。こんにちは、タカ丸さん」 淡々と挨拶をする彼は年の割には大人びた綺麗な顔をしているのに、いつも泥だらけだ。絹のようにふわふわとした髪も今はぼろぼろである。 いつも思うけど、もったいないなあ。せっかく綺麗なふわふわした髪を持ってるのに。 「ね、寝転がってなにしてるの?」 「土葬」 「どそ、う」 聞いて、固まる。綾部は即答したけど、うん、ちょっと待って。っていうとあれだよね、やっぱり。 亡くなった人を埋める、土葬。 「えーと……一応聞くけど誰の?」 「わたし以外に誰かいるようにみえますか?」 「自分のかあ」 「はい。タカ丸さんに殺されました」 「俺に?」 「はい」 「うーん」 綾部は俺に殺された。だから土葬している。彼ははっきりとそう告げる。そこにはからかいも何もなく、ただ真実を言っているだけのようだ。俺に、殺された。でも綾部は生きているわけで。 俺はううんと空を見上げた。雲ひとつない晴天が俺と綾部を見下ろす。遠くでは下級生の楽しそうな声が響いていた。ちらりと綾部を見れば、彼も同じように空を仰いでいる。 滝夜叉丸と三木ヱ門がよく綾部の思考回路は複雑すぎて理解できないと言っていたのを思い出す。うん、綾部はよくわからないことを言うよね。でも実は複雑なんかじゃなく、ただ感情そのままを口にしているんだってことに気付いたのは最近だ。 それは滝夜叉丸も三木ヱ門もわかっていて、あえてわからないと言っているみたいだったけど。 綾部は思ったことをそのまんま喋ってるだけなんだ。だから殺されたっていうのも、そういうこと。ってことは、どういうこと? 「あ、そっか」 わかった。と思う。多分だけど。俺は起き上がって(ちょっとだけ打ち付けた腰が痛かったけど我慢した)、紙袋をがさがさと漁る。 土井先生から渡されたその紙に入った、できたてほやほやのあったかいたい焼きを一つ、取り出す。寝転がった綾部に起き上がるよう言って、俺はにっこりと笑う。綾部は無表情のままだ。 「綾部、あーん」 「あーん」 「はい、ぱっくん」 「んむ」 紙袋から取り出した俺の分のたい焼きを綾部の口の中に突っ込む。綾部はばくり、と躊躇なくそれに齧り付いた。自分でした事ながら、遠慮がないなあと思わず笑ってしまう。 もぐもぐと美味しそうにたい焼きを頬張る綾部に俺は笑って、頬についた泥を親指でぐい、と拭う。 猫みたいに目を細める綾部に同じように目を細め、耳元に口を寄せた。 「綾部、大好き」 ごっくん。 たい焼きが彼の喉を通り、胃袋へ落ちる。綾部は目をぱちぱちと大きく瞬かせて俺を見上げる。淡々と。嘘だ。 僅かに動揺して揺れた瞳を俺は見逃さなかった。観察力は高いんだ、俺。髪結いをやってただけはあるでしょう? ね、殺されちゃった? 首を傾げて笑う俺に、綾部もこてんと首を傾げてそこではじめて彼はふわりと笑った。 「即死です。責任を取ってください、タカ丸さん」 「俺でいいなら喜んで」 くすくすと笑いあって口付けたそれは、甘い餡の味がした。 ネバーランドに連れてって --- 果たしてたい焼きは必要だったか否か。 透徹/100210 |