お気に召すまま
         紫苑 琉斗  作



「ねぇ。…僕たち、別れようか」
「―――別れようかも何も、オ、オレたち、つ、つつつきあってないですよねっ!?」
叫んだ瞬間、ヒバリさんの目がびっくりしたように見開かれた。


◆◆◆


何度か瞬きをしながらコテンと首をかしげるヒバリさんは、妙に可愛い。
とても、咬み殺した人を片手で引きずって歩くような人には見えない。

…可愛いけど、妙というか、変というか…不思議な人だ。


オレに突然(付き合ってもいないのに)別れを切り出したときも、そうだった。
オレはクラスで持ち回りの鉢植えに水をやっていたんだけど…。
じょうろ片手にしゃがみこんでたオレの前に、あの人は現れたのだ。

真っ先に目にはいったのは、なぜか片方だけ履かれていた便所スリッパだった。
ぎょっとしたオレが目線をあげていくと、左手にバケツをもって、右手に紙袋をもったヒバリさんの姿が見えたんだ。
バケツの中には真っ赤な金魚が3匹泳いでいた。

なんで片足だけ便所スリッパなんですか――とか、その金魚はいったいどこから――とか、オレが口にする間もなく、ヒバリさんは冒頭の衝撃発言をしたわけだ。

その直後に昼休みを終えるキンコンカンコーンという音が鳴り響いて、結局うやむやのうちにその場はお開きになった。

当然あまりの不可解さに気になって気になって仕方なくなったオレは、授業が終わったと同時に呼ばれもしないのに応接室へと出向いて、こうしてヒバリさんの顔を見上げている。


「立ち話もなんだから、そっち座ってよ。紅茶いれてあげる」
「は…はい」
オレは指し示されたソファに向かってギクシャクと移動した。
カチャカチャと食器の音が聞こえてくるのを聞きながら、さてヒバリさんに何て言おう、と考え込む。

ここで考えられるのは、雲雀さんが大勘違いをしている可能性だ。
咬み殺す…もとい学校の風紀に意識が集中しているからなのか、それ以外の『普通なら常識だろっ!』ということを、この人は案外知らなかったりする。

ただその間違いというか思い込みというか…をオレがちゃんと正せるのかどうか、というのはまた別の問題なわけで。

とにかくこのままでは埒が明かない。オレは決死の覚悟で詳細を聞きだすことにした。


入れてもらった紅茶に砂糖とミルクをドバドバ入れてスプーンでぐるぐるかき回していると、ヒバリさんの眉がぴくんと顰められた。
「…せっかく良い紅茶なのに、だいなし……。」
「えっ!? あっ!? す、すいません砂糖とミルク入れすぎでしたよね!?」
オレが慌てて謝ると、「それは別にいいけど。人の好みだし。」といって拗ねたように口を尖らせた。

……………。じゃあ一体なにが御気に障ったんだろう…。

「…混ぜ方が気に入らない。そういう時はぐるぐる回すんじゃなくて、こう、スプーンを前後に直線的に動かすの。」
「………。あぁ、ハイ。…わかりました。」

なんだかどこぞの亭主関白な旦那様が言いそうな台詞だ。「気に入らない」だって。
ヒバリさんってすごく煩そうだから、お付き合いとかする人って大変だろうな〜。
万が一付き合ったとしても3日で別れたりするんじゃないの(笑)。

な〜んて思いつつ、そういえば! と、ここに来た用件を思い出した。(オレのアホ!)

「あのうですね、そのー。」
オレがおずおずと話しかけると、ヒバリさんはちらっとオレを見て、ため息をついた。
「何? やっぱり考え直して反省した……って顔じゃないよね?」
「反省もなにもですねっ! オレたちそもそも付き合ったりしてないですってばー!」
途端にヒバリさんがブスッとした顔でオレに顔を近づけてきた。

うわっ、すっごい切れ長の綺麗な瞳だなぁ…。まつげ、案外長いんだなぁ…。なんだかきらきらして見えるのは気のせいかなぁ…。
―――って、見とれている場合じゃないだろっ自分!!

うちゅっ。

ぼけーっと見とれている間に、なんとヒバリさんの唇がオレの…オレの……。
オレのファーストキッスううううううう!!

「………キスってさ。付き合ってないと普通、しないんじゃないの?」

唖然としているオレの耳に、ヒバリさんの言葉が響いたけれど。
意味を全く理解できなくて、脳の許容範囲を超えてしまったオレは口から泡を吹いてその場にひっくり返ってしまった。

ヒバリさん、確かに付き合ってたらキスくらいするかもだけど、付き合っても居ないのに先にキスするっていうのは順番がおかしいと思いますーっ!!



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