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応接室の前から逃げ出し当てもなく走り続けて、辿り着いたのは並盛公園だった。
白く色づく荒い息を整えながら、俺はのろのろとブランコの前に歩み寄り、ぎし、と音を立てて座った。
「馬鹿な奴は嫌いだ」
ヒバリさんの心底嫌そうな声が、頭の中で木霊している。
馬鹿な奴って・・・俺じゃん。
恋人になれたことに一人で舞い上がって、男の癖にバレンタインデイに手作りなんてしちゃって、いろんな人に迷惑かけて、挙句の果てに・・・「犬好き」?
俺ってほんと・・・馬鹿だ。

視線を落とせば、手の中にはチョコレートの包み。
あんながむしゃらに走って来たのに、これだけは後生大事に掴んでいたなんて、笑える。
俺はモノトーンの包みを乱暴に破いて、中のチョコを取り出した。
へたくそな「大好き」の文字。
・・・俺って、イタイ奴。
手の中でぱきん、と割ると、それを口に入れてみた。
ぽりぽりと音を立てて噛み砕くと、小さくなった粒は口の中で溶けていった。
ヒバリさん好みの、甘さを控えたビター。
チョコレートがこんなに苦いなんて、知らなかった。

「・・・う、うえっ・・・」

込み上げるものを抑えようとしゃくりあげると、チョコの破片を次々に口の中に入れていく。
苦かったチョコは、しだいにしょっぱい味に変わっていった。


「・・・さわだっ!」
突然大声で呼ばれたと思ったら、背後から右手首を掴まれた。
背中に、俺が良く知ってるぬくもりを感じる。
恐る恐る振り返ると、ヒバリさんが眉を寄せて立っていた。
何か一点を・・・俺の手元をじっと見つめていたと思ったら、今度はそれと俺の顔とを、交互に見比べた。
そして一瞬だけ苦しそうな顔を見せたあと、俺の頬を両手で鷲掴みにすると、腰をかがめて自分の唇を俺のそれに押し当てた。
「ん・・・んう」
不安定なブランコに腰をかけ、振り向いた姿勢のまま顔だけを引っ張られると言う、なんとも倒れそうな体勢であったにも拘らず、頭を掴むヒバリさんの腕の力は、それを許すことはなかった。
ぴちゃぴちゃと音を立てて口内を動き回る舌は、何故かいつものように性感を引き出す様な動きはしない。
ただ長い時間をかけてじっくりと口腔を堪能するだけだ。

やがて、散々俺の口の中を荒らしていった舌は、ヒバリさんのぬくもりと共に離れていった。
「・・・チョコの味、した」
「・・・え?」
俺はといえば、まだ舌も唇もじんじんしている上に頭の中も真っ白になってしまっていたので、ヒバリさんの言った意味を考えることができなかった。
それでもヒバリさんが憮然とした顔で指し示す方向を見ると・・・すでに空っぽになってしまった、チョコの箱。

「ちゃんと君のチョコ、受け取ったから」

俺はまだぼんやりとした頭でその言葉を噛み締めて。

突然のことに驚いて止まってしまった涙が、また盛大に流れ出したのだった。


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