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後ろ髪をひかれる思いで応接室に戻れば、机の上にはやり残してあった仕事の山が鎮座していた。
ここを出る時には散乱していた資料が、今は綺麗に並べられている。
おおかた草壁あたりがやったのだろう。

放課後、「用事があるので今日は帰ります」と伝えに来た沢田の後をつけさせ、連絡が入ったのがその二十分後。
「沢田綱吉は昨日と同じ他校の女子生徒の自宅に」の辺りで応接室を飛び出し、その女の家に着いたのが五分後。
犯行現場に踏み込もうと、息を切らした僕の目に映ったのは、予想外に穏やかな(いやある意味、穏やかならぬ散乱の仕方ではあったが)場面であった。

・・・確かに、僕を思って頬を染め、女の質問に恥ずかしそうに頷く沢田は眩暈がしそうに可愛かった。
思わず抱きしめたくなるのも無理はない。
・・・が。
あの女・・・僕にはないからって、女の武器を使いやがって・・・。
しかも、沢田も沢田だ。あんなので赤くなることはないだろう。

「・・・・・・・・・」
僕は自分の胸元に視線を落とし、ボタンが引きちぎれるのも構わずにワイシャツの前を引き裂いてまじまじと見つめた。
当たり前だがまっ平らだ。
「・・・整形するか」
「い・・・委員長・・・」
上擦った声が聞こえふと顔を上げれば、いつの間にか応接室の扉を開けていた草壁が、茫然自失の状態で棒立ちになっていた。
「何」
「いえ・・・」
さすが副委員長と言う肩書きは伊達ではない。すぐに手放していた意識を取り戻すと、彼はこほんとひとつ咳払いをした。
「どうやら沢田さんは、委員長へのバレンタインチョコを作るために、彼女に教わっているようですね・・・」
「・・・うん」
「委員長は、どうなさるおつもりですか?」
僕は口元に手をやり少しの間考えた。
実際、教わりたいのなら、あんな女でなくたって最高のパティシエを用意するし、それ以前にチョコよりも沢田自身をプレゼントにしてくれればいいのだが。
ふっと、先ほど見た沢田の笑顔が頭をよぎった。
「・・・あの子は・・・僕には内緒にして、驚かせたいみたいだから」
「はい」
「あの女は気に食わないけど・・・様子を見る」
「・・・・・・」
僕らしくないとは思うけれど、もう少しだけならきっと我慢できる。
それに、当日僕にチョコを渡す時の、沢田の表情を見てみたい気も・・・

「委員ちょおおおおおお!」
物思いに耽っていた僕は、突然の背後からの衝撃をよけることができず、そのまま後ろの物体ごと前に倒れこんでしまった。
・・・と言うか、昔からこれの行動だけは予測することができない。
「委員長!ほんとに、ホントオオに大人になられて・・・」
「何言ってんの、僕の方が年上だよ!それより離れてよ重い!!」
必死に腕から逃れようとするが、こういう時の草壁は有り得ないほどの馬鹿力を発揮するので、この僕でも太刀打ちできない。
当の本人は聴いているのかいないのか、羽交い絞めにしている腕を緩めることもなく、ただ号泣するのみである。

昔からこうだった。
生まれた時から三軒隣に住み僕の下僕と化していた草壁は、普段の温厚かつ冷静な態度を時折・・・年に一回ほど、こうして崩す時があるのだ。
それは草壁が好きな給食のあげパンを僕が持って帰って来てやった(その日ちょうど食欲がなかった)時であったり、ウザイ迷子の子供にしがみ付かれて、仕方なく家まで送ってやった時であったり、直近では、新入生として並盛に入学してきた沢田の後をつけるよう命じた時であった。
そういえばあの時も彼は、「大人になられてえええ!」と号泣していた。

・・・どうでもいいが、いい加減苦しい。

なかなか離れそうにないようなので、僕はうつ伏せたまま顎を引き、そのまま思い切り頭を後ろに振り上げた。
「げふっ」
がこん、といい音がして、途端に草壁が離れた。
立ち上がって返り見ると、顎を抑えてのたうち回っている。
そういえば前回は、彼の大事な一物にヒットしたんだった。
日に日に力を増す草壁の対応策を、考えておかなければいけない。

僕は転がる男をそのままに執務机に戻り、頬杖をついて二月十四日当日の計画を立て始めた。
ふと思いついて、床の上の草壁に命じる。

「バレンタインデイの日、チョコシロップ用意しておいて」


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