16


食卓には、前もって用意されていたらしくすでに食事が並べられていた。
ヒバリさんいわく「近所の店に言って用意させた」らしい。
早速二人で向かい合いに座って食べ始める。あ、まだあったかい。
目の前に並ぶ豪華な和食に、さっきまでの事はすっかり忘れて夢中で箸を動かした。
「あ、ヒバリさん、この天麩羅さくさくしててすごく美味しい!こっちのおひたしもプロの味って感じですよね〜。あれ、これってもしかして茄子?俺茄子苦手なんですけどこれなら食べられるかも!」
パクパクと口に運びながら顔を上げると、ヒバリさんは目を細めて、頬杖をつきながら俺が食べるのを眺めていた。
・・・あ、俺がっつきすぎ?途端に恥ずかしくなり俯いて黙り込むと、ヒバリさんがくすりと小さく笑う音が聞こえた。
「もっと喋って?」
チラッと上目遣いに見れば、ヒバリさんが微笑んでいる。

ずきゅ〜ん

って、きっと漫画とかだったらそんな効果音がついた筈。
・・・心臓に悪いです、ヒバリさん・・・。
ああでも、こんな風に笑ってるの初めて見た。きっとすごく貴重だ。しっかり見とかなきゃ!
そう思ってもやっぱり恥ずかしくて顔を上げる事はできず、俯いたままで口を開いた。
「・・・あの、揚げた茄子とかなら少しは食べられるんですけど、焼いたり煮たりしたのは苦手で・・・でも、これは美味しいです・・・」
「そう」
「ヒバリさん、苦手な食べ物ってありますか?」
「特にないけど・・・強いて言うなら、ピーマンかな」
「え?・・・なんか意外なとこ来た・・・」
「何それ」
なんでもない話なんだけど、ちゃんと会話になっているのが嬉しくて、喋り続けた。
ヒバリさんも箸を動かしながら相槌を打ったり答えたりしてくれて・・・いつの間にか、目の前の料理は全て空になっていた。
「ご馳走様でした!美味しかったです」
「そう。じゃ、ベッド行く?」
・・・今さらっとなんか言ったし!て言うか忘れてる俺も俺だ!
「ア・・・デモ、ホラ、オサラカタヅケトカナイト!アラットカナイトムシトカキタライケナイシ!」
「・・・なんでロボ」
「エ?」
「いや、じゃあ手伝ってくれる?」

そうして二人して皿を洗っている間の空気って言ったら、なんかもうやたら張り詰めまくってて居たたまれなかった。
「・・・じゃあ」
気付けば汚れ物は綺麗に片付き、ヒバリさんが蛇口の水を止めたところで。
「お風呂一緒に「俺すごく汗かいちゃったから、先に入っていいですか!」
「・・・いいけど」
ああなんかヒバリさん目が据わってる・・・。いくらなんでも見え見えだろうか。
でも・・・だけど・・・。

どんなにゆっくり入ったって、やはり出なきゃいけない時は来る。
仕方なく用意してきたパジャマを着て居間に戻ると、ヒバリさんは無言で俺の腕を掴み、二階に連れて行った。
「ここで待ってて」
そうして通された部屋は・・・恐らくヒバリさんの部屋なのだろう、ヒバリさんの・・・匂いが、する。俺の部屋に比べて物が少なく、整理されていた。
机が一つと、本棚と、それから・・・。
俺は柔らかそうなその家具から目を逸らし、そこからなるべく離れた床に座った。
ヒバリさん・・・お風呂かな。
上がったらきっとあそこで・・・。
「お待たせ」
「うわ!はや!」
今行ったばっかじゃん!って、上半身裸だし!あ、でも髪濡れてる・・・ちゃんと拭かないと・・・。
「おわ!?」
まだびしょびしょのままのヒバリさんはずかずかと近付いてきたかと思うと、俺をひょいっと抱き上げてベッドの上に落とした。かと思えば、自分もその上に乗り上げてきた!
「タ・・・タイムタイムタイム!ヒバリさん!!」
「・・・何」
「あ、あのう・・・」
止めたはいいが、この期に及んで何を言えばいいのだろう。
俺がびくびくしながら言葉を捜していると、眉を寄せながら俺をじっと見つめていたヒバリさんは、小さく溜息をついて俺の上から降りた。

あ・・・呆れられた、かな。

俺ものろのろと上半身を起こし、何も言えないまま俯いて目だけで様子を窺う。
ヒバリさんはベッドから離れると、机の引き出しを開けてなにやらごそごそと捜し始めた。
暫くして手に何かを持って戻って来ると、俺に手渡した。

・・・手錠?

「はい」
目をぱちぱちさせて手にしたものを見ていると、ヒバリさんが自分の両手を俺に差し出した。
「かけていいよ」
「え?」
そう言われても、何がなんだか分からずきょとんとするばかり。
「両手が使えなければ、安心でしょ?・・・僕も抑える自信ないし」
安心・・・?
「君が何を怖がっているのかは知らないけど、嫌がる事はしたくないから・・・どうしたいのか、教えて?」
「・・・・・・」
俺もしかして、ヒバリさんのこと傷つけてたのかな・・・。
だめだ。
ちゃんと考えなくちゃ。俺にとって何が嫌で、何が嫌じゃないのか。ちゃんと伝えなくちゃ。
俺は暫くの間手の上の手錠を見つめていたが、覚悟を決めて顔を上げ、正面から真っ直ぐにヒバリさんの視線を捕らえた。
「御免なさい、俺別に嫌な訳じゃないんです。ただ何となく怖くて・・・」
かちゃり、と音を立てて手錠をベッドの上に置き、脇に押しやる。
「これ、いらないです。ヒバリさんが俺にどんなことしたいのか、知りたい・・・」
ヒバリさんの瞳が少し揺れた気がした。
でもそれはほんの一瞬で、その目はすぐに眩しいものを見たかのように細められ、ゆっくりと端正な顔が近付いてきた。

そのスピードに合わせるように、俺もゆっくりと目を閉じた・・・。

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