こうしてオレの恐怖の昼休みがスタートした。

一人分でも二人分でも作る手間は一緒らしく、母さんは嫌な顔ひとつせず、むしろ嬉々としてヒバリさんの弁当を作ってくれた。
自分のとヒバリさんの。2つの弁当を持って応接室に向かう。
はぁ、とため息がでるのは仕方の無いことだろう。
どう考えても、問題が解けなくてトンファーで滅多打ちにされる未来しか見えてこない。
せめてヒバリさんが弁当を気に入ってくれて、ちょっとでも手加減してくれたらなあ。

恐る恐る応接室のドアをノックして、返事を待つ。
「どうぞ。」
「し、失礼します!」
オレはぎくしゃくとドアを開けて、中に入った。
「そこ座っていいよ」
言われるままにソファーに座る。
「あ、あの。これうちの母が作った弁当です。お、おくちにあうかどうかわかりませんが…」
「ん、ありがと。これお茶ね」
はい、と湯のみを渡されて、反射的にぎゅっと握り締めた。からん、と中の氷が小気味よい音を立てる。
ヒバリさんはするりとオレの座っているソファーに腰を下ろしてきた。
ちょっとぎょっとして、身体がびくっと跳ねた。
「…なに、その反応」
じろりと睨まれて首を竦める。
「い、いえ。す、少し緊張してまして!は、ははは、はは!」
…どうしてオレの隣に座るんだよーっ!せめて向かいに座ってくれたらいいのに。

それから二人して並んで黙々と弁当を食べた。
オレは恐ろしくて全く顔が上げられなかったから、ヒバリさんがどんな風に食べていたのか全然知らない。
それでも口には合ったようで、「ごちそうさま」と満足そうな声がきこえた。
「お、おそまつでした」
そういいながら最後の一口を必死で呑み込んだ。
とりあえずは気に入ってもらえたみたいで、良かった。


「さあ、じゃあとりあえずこれやってみて。」
渡されたプリントの束を見て硬直する。
びっしりと書かれた問題の数々。数学、英語、その他あらゆる教科の問題がその数ざっとみただけで100はある。
「一応満遍なく出題したつもりだから。これで大体の学力を見させてもらうよ」

プリントを持った手がぷるぷる震えた。
無理、こんなの全部無理だ!
しかし「全くひとつもわかりません」などと白状できればダメツナなどと呼ばれてはいない。
オレは真っ青になりながらエンピツをもって固まった。
とにかく1問でも解かないとフルボッコにされてしまう。



「沢田?」
しばらくして声を掛けられたみたいなんだけど、反応もできない。
オレの頭の中では数学の因数分解と英語の過去進行形がぐるぐる手を取って踊っていたのだ。

「沢田?ねぇ…」
いきなりぐい、と身体を横に引かれる。
体制を崩したオレを、ヒバリさんは抱きこむようにして覗き込んだ。
「…泣くほど、わからないの?」


言われて初めて、気がついた。
なんと、オレは問題がわからない余り泣いていたらしい。



ヒバリさんはオレの顔を見つめると、ふっと微笑んだ。
「面白いね、ぴるぴるしながらべそかいてる。小動物みたい」
そのままぺろり、と目じりを舐められて、あんまりびっくりしてしゃっくりが出た。
「う…ふぇ…ひゃっく!」
「ほら、慌てないで。…変な子。」
ごしごしとハンカチで顔を拭かれる。
「はい、鼻かみな。みっともない顔だね」
ピスピスしゃっくりあげていると、ティッシュを何枚も握らされた。
「うぅ…ひっ、しゅ、しゅいません…」
とん、とん、と背中を優しく叩かれる。


しばらくそうしてオレを抱きしめてくれていたヒバリさんは、耳元でゆっくり囁いた。
「そんなに僕のこと、怖い?」
オレは慌てて首を横に振った。
ヒバリさんが怖いというよりも、オレがこんなに頭が弱くてどうしようもなくて、それで呆れられて軽蔑の目つきで見られるのが怖かった。
「じゃあ、咬み殺されるの、怖い?」
少し考えてから、僅かに頷いた。
確かに暴力を振るわれるのは怖いし、実際オレの身体はいつ飛んでくるかわからないトンファーに怯えてびくびくしっぱなしだ。

…本当は見捨てられるのが何よりも怖かったけれど、そんなことは口が裂けても言えない。

「あのね。サボったり逃げたりしたら咬み殺すよ、風紀が乱れるからね。でも、勉強が分からないからって咬み殺したりしないから。」
「う…しょーなんですか…?ひぅっ」
「頭良ければ勉強する必要なんて無いじゃない。そんなこともわからないなんて、しょうがない子だね」
「ご…ごめ、なしゃ…うぅ、ヒバ…」
困ったことにオレの涙腺は壊れてしまったみたいで、あとからあとから涙が溢れて止まらなかった。


ふぁあ、とヒバリさんはあくびをすると、オレを抱きしめたまま仰向けに寝転がってしまった。
「今日はもういいや、ねむい。――うん、あったかいからきみは特別に抱き枕兼毛布にしてあげる。ちゃんと明日から…勉強…でないと…咬み殺す……」
ぐしぐし泣いているオレをおなかの上に乗せたまま、すぅっとヒバリさんは寝入ってしまった。

木の葉が落ちる音でも起きるんじゃなかったんだっけ、この人。
オレ、いつまでも涙が止まらなくてうるさいのに、本当にごめんなさい…。

ヒバリさんの胸に耳を当ててスンスン鼻を啜りながらじっとしていると、とくん、とくん、と心臓の音が聞こえる。
その音を聞いていると妙に安心してしまって、いつの間にかオレもとろとろと眠りに落ちていった。




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