■十月二十八日


午前七時前。
風紀委員と朝練の生徒しかまだ登校していない時間に、沢田は応接室にやって来た。

後ろ手にドアを閉め、近付いて来た彼が黙って僕に差し出したのは、風紀日誌だった。

ここ二、三日見当たらないとは思っていたが、書く気力も起きなかったため放置していた。まさか彼が持っていたとは。
僕自身がそこに書き連ねた内容の数々を思い出し、かっと頭に血が上った。
恥ずかしい気持ちを通り越して、いたたまれない。

「・・・草壁か」
ぼそっと呟くと沢田ははっとしたように顔を上げた。
「それは・・・でも、草壁さん凄く心配してくれて・・・」
気まずい空気が漂う。これでもう何もかもお仕舞いなのだろうと思い、目を伏せた。
「気持ちが、悪かっただろう」
「・・・え?」
彼から目を逸らして呟くと、不思議そうな沢田の声が降ってきた。
「・・・嬉しかった、です」
予想外の言葉に虚をつかれ顔を上げると、沢田が頬を染めてはにかんだ様に笑っていた。
僕の好きな、彼の笑顔。
なんだか、久しぶりに見た気がする。
「ヒバリさんが俺のこと好きでいてくれてるなんて、思わなかったから」
気を使っているのかとも思ったが、彼の笑顔が、その言葉が嘘ではないと物語っていた。
僕が無言で見つめていると、沢田はちょっと考えるような素振りを見せてから、ゆっくりと口を開いた。
「俺、ずっと京子ちゃんのことが好きでした。って言うか、憧れてたって言うか。京子ちゃんは可愛いし、クラスのアイドルみたいな感じで」
「・・・・・・」
「でも、京子ちゃんにヒバリさんのことが好きだって打ち明けられた時、頭に浮かんだのはヒバリさんの事ばかりで」
「・・・・・・」
「莫迦ですよね俺。その時になってやっと、俺たちなんでこんな風にキスしたりぎゅうってしたりしてるんだろうって考え始めて・・・。でも、ヒバリさんには好きな人がいるって言うし。まさか俺の事だなんて、思いもしなくて・・・」
「・・・・・・」
「ヒバリさんに好きな人がいるんだって考えると凄く苦しかったけど、でもそれでも一緒に居たかったから、いつも通りに接しようと思って」
「・・・・・・」
「でもあの時、雲雀さんが十年バズーカで飛ばされた時、十年後の俺たちがこ・・・恋人になってるって聴いて、もしかしたら俺みたいのでもがんばれば振り向いてもらえるかもって・・・」
「・・・・・・」
「なのに、急にヒバリさんに避けられて、どうしていいか判らなくなって・・・」
沢田はそのまま口を噤んだ。見つめあったまま時間が流れる。
彼の頬が、徐々に染まっていくのが分かった。
「だから、その、俺「好きだ」
沢田が言い終わらないうちに我慢が出来なくなって、椅子を蹴って立ち上がり、その華奢な身体を抱きしめた。
「好きだ。君が好きだ・・・ずっと・・・」
力の限り抱きしめて繰り返しているうちに、胸に熱いものが込み上げて来た。
感情をうまく言葉に出来ない。背中に回した腕からこの気持ちが伝わるといいのにと願った。
突然抱きしめられて硬くなっていた沢田は、おずおずと僕の背中に腕を回し、肩にその頭を摺り寄せた。
「俺も、ヒバリさんが、好きです・・・」

涙が、出そうだった。

暫く抱き合った後、少し離れて彼の顔中に優しくキスの雨を降らせた。先ほど抱きしめていたときの強さとは正反対の、触れるだけの優しいキス。
時折彼の顔を覗き込めば、潤んだ瞳が徐々にとろんとしてくる。その様子が、全てを任せられている様で嬉しくなった。
「ねえ、ずっと僕のことが好きだったの?」
キスの合間に耳元で囁くと、こくんと頷いた。
「じゃあ・・・なんであの時、あんなに泣いていたの?」
君があんまり泣くから、もう完全に嫌われたと思った、と口を尖らせて言うと、沢田はぱちぱちと瞬きを繰り返した後ぽっと更に顔を紅くした。
「だって・・・くち・・・」
「え?」
「口に、出しちゃったから・・・」
真っ赤になって俯く沢田を前に、今度は僕がきょとんとする番だった。それの何が悪いのか分からない。
彼は上目遣いに僕を見上げ、困ったように眉を下げた。

沢田がそれ以上話すつもりがない様だったので、僕はもう一度彼の髪に指を入れてこちらを向かせ、その大きな瞳を覗き込んだ。
「僕はもう、君の「お父さん」じゃなくて「恋人」になったんだよね?」
そんな風に確認を取ってしまったのは、まだ信じられない気持ちがあったからかも知れない。
不安げに揺れた言葉に、沢田は微笑んでコクリと頷いた。
僕は嬉しくなって、彼の頭を抱えるようにしてもう一度抱きしめた。

と、腕の中で沢田がごそりと動き、頬を紅く染めてこちらを見上げた。
「あの・・・でも、一つだけお願いがあるんですけど・・・」
「何?」
やっと手に入れた愛しい恋人の願いだ。何でも聴いてやろうと思った。

「あの、俺・・・やっぱりああいう、大人っぽい事はまだ・・・」



・・・何言ってんの、冗談でしょ?





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