見誤ったのは己か


 オークションで競売にかけられるのはルルカ原石を加工したネックレスらしい。私を突き動かしたのは本物かどうかこの目で確かめたいという好奇心だ。幻影旅団よりも早く競売品を確認できればそれでいい、本物だとしても盗んだりなんてしない。幼少期は暗殺一族で育ち、その後はジンの弟子として生活していた過去がある。私にとってオークション会場に忍び込み競売品を少しの間拝借することはそれほど難しいことではない。しかしタイミングは悪かった。

(よりによってシルバさんとじーちゃん…!)

 幻影旅団の襲撃を受けることを懸念した組織が雇った殺し屋の中にゾルディックの叔父と祖父がいたのだ。2人に気配を悟られぬように行動するのは大変骨が折れたし余計な時間を喰ったのだ。外は騒がしくなり中は緊迫した空気に満ち溢れていた。これ以上状況が悪くなる前にと競売品の保管庫へと急いだが、数歩歩いた先に最初の死体を見つけた。オークションを取り仕切っている組織の者だろう、首の下に触れてみれば体温は感じられず冷たくなっていたが脇の下はまだ暖かい。殺されてそれほど時間は経っていない。死んだ男の目は暗闇の中の鏡さながら、大きく虚に開かれている。どうしてか不快だと思った。

 頭の隅で嫌な予感が芽生えたがそのまま目的の部屋へと近づいた。しかしすぐにそれを後悔する事になる。死体が多すぎるのだ。死人の臭いに胃から気持ちの悪いものが込み上げて口を覆う。暗殺一族で育ったといえど死体を見ることに慣れているわけではない。幻影旅団がオークション会場を襲うと聞いていたが、これは虐殺だ。クロロがこれを指示したというのか。

 頭の中で何度も過ぎる男の記憶。色白の男が私の体を引き寄せた夜だ。細身に見えるが筋肉質な男の体、骨張った手で体に触れられれば喉の奥が切なく疼く。線の細く美しい輪郭を撫でつければ男の長い睫毛がゆっくりと伏せられ掻き上げた髪がパラパラと落ちてくる。しかし次の瞬間には喉元が苦しかった。熱い塊に塞がれて息を吸うことも吐くこともできない。彼の唇がゆっくりと動く。

 わかっていたはずだ、と。

「っ…は」

 堪らず口を開いて息を吸い込むと、目の前の光景が現実なのだと思い知らされたのだ。怖気付いた右足が一歩後ろへと下がった時、背中が何かにぶつかった。

「先に言っておく。俺達の邪魔はするな」

 背中から冷たい空気が通り抜けて足先へと流れて行く頃には遅かった。


ーーー



「団長、そいつが敵じゃないっていう証拠はあるのかよ」
「おい、団長の連れなんだぞ」

 屋根を打ち付けている雨音が全身を取り囲んでいるような憂鬱さだった。薄暗い廃墟を照らすのは月明かりだけだというのに鋭い目つきに囲まれているせいか強い光の下に立たされている気分だ。積み重なる瓦礫の上で腰を下ろしている男はいつもの雰囲気とは打って変わって別人のように見える。黒いコートのせいか、ぴっしりと後ろに固められた髪のせいか。クロロと出くわしてしまった瞬間気を失い気づけば廃墟に横たわっていたのだ。

「目的はルルカ石らしいよ」
「そういえば今日盗った中にあったね」
「本物かどうか調べたいそうだ」
「偽物の可能性あったんだ」
「そんなこと調べさせるためにここ連れてきたか、団長」

 じっとりとした空気が冷たく鋭いものへと形を変えた。背中をゆっくりと流れていく汗と同時に頭から血の気が引いていく。クロロが唇を動かす間、時が非常に遅く感じた。浅くなっていく呼吸、目の前の視界が歪みそうになる前に自ら声を発していた。

「自分の意思で来た、の」

 クロロが盗むと知っていたのだからこうなることは予想できたはずだ。私は一体どうしてヨークシンに来たのか、自分自身でも理解できないでいる場所に触れようとしたのかもしれない。こちらをまっすぐに見ていた真っ黒の瞳が少し笑っているような気がした。

「俺達はやることがある。ヒソカ、ナマエにルルカ石を見せてやってくれ」

(ヒソカだって…?!)

 猛獣の群れの中に放り込まれたヤギのように怯え全くヒソカの存在に気がつかなかったのだ。まさかヒソカが旅団の一員だったとは知りもしなかったし知りたくもなかった。

「OK」

 背後で聞こえた耳裏をくすぐるような細い声、ゴクリを息を飲み込んで少しだけ視線を動かした。私の心中を察した男は相変わらず不気味な笑顔で笑っていた。

「団長、もしこいつが変な真似をしたらどうする」
 
 ヒソカと他の団員を数人置いて歩き出したクロロの背に一人の男が問いかけた。最も恐れていた問いに全身が粟だって鼓動が早くなる。強くなっていくばかりの雨音が彼らの会話をかき消してはくれないだろうかと自然に願った。蒼白にひきっつれた顔と、彼らの迫力に震える拳を悟られてはならない。不意に立ち止まったクロロが高い鼻先を横に向けた。真っ黒の瞳は高所から見下ろされているように威圧的であったのだ。

「殺せ」

 頭の中に爆竹を投げ込まれた時のように、閃光と爆竹で一瞬何も聞こえなくなった気がした。しかし彼の一言だけは強く脳内に刻み込まれている。いや頭から体に突き刺さっていき、雷の如く足元まで落ちていった時には私は死人のように呆然としていたのだ。クロロが歩いていく後ろ姿を見つめながら乾き切った唇が再び呼吸を始めるまでひどく長い時間を彷徨っていたような気がする。



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