囚われたのは誰



 上層部が捕えた女がいる。術式が施された何重もの鎖につながれているというのに、檻の中でも意思を損なわない獰猛な獣のような目が暗闇の中で光っていた。

「名は?」
「ナマエ・ゾルディック」
「……ゾルディック?」
「……お爺ちゃんに似てる」
「お爺ちゃん?」
「そう、うちの祖父になんか雰囲気が似てる。会いたいなあ、お爺ちゃん」

 くしゃりと微笑む女はこれまでの威圧感や空気が嘘だったかのように無邪気に笑う。近くで見ればその姿は若々しく他に埋もれない美しさを兼ねそろえていることが色濃くわかる、こんな若い女がどうしてこんな鎖に繋がれているのかと不思議にも思ったがこの女は確かに九十九由基を瀕死に追いやった人間だと思い出せばあどけなく笑う女にじっとりとした恐ろしさを感じた。呪力を持たず、異様な力で圧倒したこの女はまさに異物、こんな存在認められるわけがない。処刑対象となるだろう。

「ね、おじいちゃん。私を助けてくれたらご奉仕たくさんしてあげる」
「何を馬鹿なことを」
「冗談だよ、本気にした?じゃあ本題。私を自由にしてくれたらこの呪術界のために動いてあげるよ。呪霊っていうの?強いやつでもなんでも相手になってあげる」
「…お前が裏切らない補償がどこにあるのかのう」
「…これはね、取引じゃない。頭を噛みちぎられたくなかったら私のお願いを聞いて、おじいちゃん?」

 背筋に悪寒が走った瞬間、これまで微塵の気配も感じなかった金色の光を放つ龍の頭が背後に聳えていた。少しでも動けば確実に殺される状況下。鎖の術式も効いていない。身動きできないはずの女はグッと腕に力を入れれば体に巻きついていたはずの鎖が簡単に弾け飛んだ。額に汗が浮かんで張り詰めた緊張感でこめかみが痛い。

「これほどの力を持っているなら一人でさっさと逃げればいいだろうに」
「貴方達って結構しつこいよね。好奇心で少しちょかい出したらどこまでも追いかけてくるし、異物は許せないタチ?」

 しつこい我々に嫌気がさしたのか、自ら首輪をつけるからそれなりの自由が欲しいわけだ。

「自由が欲しいと言いながら呪術界の言いなりになるのか」
「そこはギブアンドテイクの関係が築けると思うな。私まだここに馴染めてないし色々サポートしてくれる人って大事でしょ?」

ニコニコと愛想のいい笑顔を貼り付けて女は首を少し傾げた。

「それとも私とサシで闘る?」

 真っ黒な瞳が細まってぐにゃりと笑った女にゾッと身が竦み上がる。しかし、なんて女だと思う反面どこか放って置けないような感情もあるのだ。荒れ果てた国で子供が一人で生き抜いてきたのを目の当たりにしているような気分。今となっては全てが彼女の思い通りだったのだろう。

 それから上の連中と掛け合いとりあえず女を自分の管理下に置くことにした。海外で自由に放し飼いをしていたがそれが急に日本の補助監督になりたいと言い出した。補助監督どころか、特級の位置付けでもいいくらいだと言ってもナマエは頷かなかった。「もう疲れた」と力なく言われてしまえばそれ以上何も言えなくなってしまう。ナマエに与えられていた任務の数はとても一人でこなす量ではない。超人な女だが人並みに精神は疲れているようだった。

「だが、五条のガキを作るなんてな。とんだ親不孝者だわい」
「おじいちゃんも孫ができると思って喜んでよ、きっと私みたいにおじいちゃんっ子になるよ」

 東京校へ訪れた時久々に彼女の顔を見れば一目で分かった。変わったのだ、雰囲気も、繕っていた笑顔も。腹の子に問いかけるようにゆっくりと自らの腹を撫でて微笑んだナマエ。じわりじわりと胸の奥で熱いものが滲んでいく、自然に緩んだ身体中の筋肉、溢れ落ちそうな自身の微笑み。冷たく鋭かった彼女の視線が溶けて暖かく穏やかな愛をその子に向ける時が来るのかと思えば否定する感情も消え失せた。

「だからね名付け親になって欲しいの」
「……五条がそれを許すか?」
「大丈夫。ね、おじいちゃんお願い」

 人類の敵になるかもしれなかった彼女を信じた自分、それを悔やんだことは一度だってない。



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