ゾルディック家に行こう



「私はナマエ様が小さい頃からお側でお仕えてきました。厳しい訓練も身を粉にして耐え、気高く美しい女性になられました」

 応接間であろう部屋の中心のソファで向かい合うのはメガネをかけた執事。その背後に立っているもう一人の執事の腕の中には外で倒れていたという気を失った釘崎がいた。自身の後ろにも5人ほどの執事達が綺麗に並んでいる。これほど従者に囲まれて生活をしていただなんて想像ができない、それにこの山一帯が敷地だというじゃないか、富豪のお嬢様なのか。

「そんなナマエ様が何処の馬の骨か知れない奴に孕まされたなんて納得できるわけがねえだろうが、このクズが」

 手のひらを返したように態度を変えた執事は出迎えてくれた時とはまるで別人だった。メガネのレンズ越しだが相当な威圧感を感じて拳を握る手が汗ばむ。確かこの執事、ゴトーとか言っていた。こめかみには青筋が浮き出てヤクザのような凄みに一触即発の空気が漂う。

 なんで俺はここにいて、キレられているんだろうか。思い返せば五条先生が全ての元凶だったのではないか。

『ちょっと喧嘩してさ、ナマエが実家に帰っちゃったんだよね』
『…一応何したのか聞いときます』
『産休届け勝手に出したんだけど、ナマエがキレちゃって』

 あれ程休むことに抵抗を感じていた彼女だ、そりゃ勝手に産休届け出したらそうなるだろう。溺愛していた嫁に出ていかれていい気味じゃないのか、と鼻で笑ってやりたかったが五条先生の手が肩に置かれた時点で嫌な予感がした。

『ナマエ迎えに行くのついてきてくれない?悠仁と野薔薇もいっしょにさ、修学旅行ってことで。旅費は全部僕が持つし、ナマエも恵達がいれば許してくれると思うんだよね』
『修学旅行?そんなに遠い所なんですか?』
『そう、海外の奥地なんだよね』

 その言葉で俺たちはプライベートジェット機に乗せられ、どこの国の山奥かもわからない所で降ろされた。なぜか森林に聳え立つ巨大な門を五条先生が開けたのはまだいい、規格外がやりそうなことだ。しかしその山自体がナマエさんの実家の敷地だと知った時は流石に一年全員放心状態だった。

 一体ナマエさんは何者なんだ。五条先生に問いただす前に巨大な犬のような生物が現れた。まるで野生の狼みたいに獰猛な目をしていて、今にも俺たちを食いちぎる勢いで追いかけてきたのだ。『あれ、ちゃんと門開けたのになー』と能天気な事を言っているバカ教師に助けを求めようとしたが五条先生の前に立ちはだかった男がいた。真っ黒の長い髪に暗い目をした長身の男、そいつのおかげで五条先生、虎杖、釘崎とはぐれたのだ。

 しかし運が良かったのか屋敷にたどり着くことができたが、待ち構えていたようにこの執事達が並んでいて、人質のように釘崎が捕らえられていたのだ。

「……それはそのクズ……五条先生に言ってくださいよ、俺はただの生徒なんですから」
「言えるかよ。最強、最強ってうるせえが、本当にあの男は敵無しだ。あのイルミ様でさえどうにもならんほどにな。ナマエ様は美しいものに目がないのは知ってるが、あんなふざけた男のどこがいいんだよ。外見と力が優れているだけのペテン野郎が」

(ただの八つ当たりじゃねえか!)

 こっちはただでさえこの状況について行けていないのになんで知らないおっさんにキレられなきゃいけないんだよ。残業終わりのサラリーマンにキレられてるように胸糞が悪い。沸き立つ苛立ちに奥歯を噛み締める。

「さっきも言いましたけど俺は五条先生じゃないしそちらの事情も知りません。ただ一つ言えることはナマエさんは誰のものでもない、貴方のものでも、五条先生だけのものでもない、あの二人は支配しようとかそんなの考えてない。支え合ってるだけだ。俺はあの二人が一緒にいて幸せなんだなって見てたらわかる。あんたは小さい頃からナマエさんを知ってるんだろ?だったらなんで理解できないんだよ」

 ナマエさんは出会った当初よりずっと笑い方が柔らかくなった。声をかけづらいほど張り詰めた空気を纏わせることも少なくなったし、自然になったのだ。それも全部五条先生のおかげなんだろうと思えば、あの人の日頃の行いも許せるくらいに寛大になれた。

「なるほど、よく分かりました。さすがはナマエ様のご友人だ」
「は?友人?」

 確かに彼女は教師ではないし、俺は彼女から見れば生徒ではないけれど友人と呼ばれるには少しばかり小っ恥ずかしいというか、自分は値しないというか、腰が引ける気持ちになったがそんなことここで口に出来るわけがない。「貴方はあの男より何倍もマトモで助かりました」と口にするゴトーさんは手のひらを返したように表情も口調も穏やかなものに戻る。試されていたのか、それとも本気でキレていたのか。どちらにせよやはり五条先生が相当嫌いなようだった。

「本館へご案内します。もう一人の学友の方も既にご到着されているようです」
「あ、虎杖忘れてた」

 すっかり存在を忘れていた。っていうかここ本館じゃないのかよ。暫くして目を覚ました釘崎は「着物の子供に襲われた」「子供怖い」とぶつぶつうるさいし早く帰りたい思いが強まるばかりだった。しかし願いは叶わずに、壮大に聳え立っている本館を目の目に気が遠くなりそうだった。「あ、伏黒と釘崎!やっときたよ!」美しい庭園の中に置かれたテーブルの横に腰掛けている虎杖がこちらに手を振れば、対面しているように座っている映画の衣装のようなフリル付きの服を着た女性が会釈した。目が、サイボークみたいになっている…。

「ナマエの母ちゃんだって」

 驚きを隠せなかったのは釘崎も同じだった。自己紹介をして会釈すれば、気品ある声で「話は聞いています、さあ座って」と席を勧められた。虎杖とすっかり打ち解けていたようで二人の空気はとても和やかなものだった。

「お前ここまでどうやって来たんだよ」
「ああ、なんか銀髪の子が案内してくれて、ナマエさんそっくりの!」
「三男のキルアです。あの子とナマエちゃんは小さい頃は本当に瓜二つだったのよ」
「え、その頃のナマエさんちょっと見たいわ」
「小さかった頃の写真を全て悟くんが欲しいっていうから送ってしまったんだけれど、まだ何枚か残っているかもしれないわ。執事に探させますね」

(あの教師、そんなこと義理母に頼んでたのか)

「そういえば五条先生は?」
「なんか黒髪の男の人に捕まってたけど」
「…イルミね。いつものことなの、きっと妹と取られて気に入らないんだわ。でもすぐに来るでしょう」

ってことはあの人、ナマエさんの兄だったのか。

「みんな!どうしてここにいるの?!」

 聞き慣れた声に振り向けばそこには銀色の髪の少年と一緒に歩いてくるナマエさんの姿があった。心なしかお腹が前よりも出ている気がする。緊張感を帯びていた心が緩やかに溶けていき、一気に安堵の息が込み上げた。

「喧嘩したって聞いて五条先生と迎えに来たんです」
「え?喧嘩なんてしてないよ、里帰り出産しようと思ってて」

(あのクソ教師!)


ゾルディック家にいこう 2につづく



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