有耶無耶にしよう
「お前ちょっと太ったんじゃない」
数週間前、恋人に言われた愛のない一言。体の中の骨という骨が軋む音がした。私という女は単純なようで、その一言のせいで食事を抜いて暇ができればランニングや筋トレをした。きっとイルミに指摘されなければそんな面倒なことはしなかっただろう。肉も随分と落ちて体が軽くなったかと思ったが今度は「骨張っていて抱き心地が悪い」とこれまた愛のない一言が降ってきた。
いい加減にしろよこのクソ野郎。ここまで体重を落とすのがどんなに苦しかったかこいつは知らない、どんなに悲しかったか、ショックだったか、何も考えていない。結局は都合のいい女になっていたのだと思い知らされて、積もりに積もった感情が爆発したのだ。
「うるせえ、何様のつもりだコラ」
今までこんな悪態をついたことはなかったのに唸るような声が自然と漏れていた。はっと我に帰ればイルミはキョトンとしたように珍しく黙ったままだった。しかし一度吐露してしまった私に押し寄せる羞恥に耐えきれずその場から、正しくはイルミから逃げ出した。家をを引き払って、貯金していた全財産を使ってでも私という存在を綺麗さっぱり消したい、そんな一心で走っていたが呆気なく追いつかれた。
「ぷっ、あはは、思い出すだけでおかしい…お前ってあんなことも言えるんだね」
平然な顔で目の前に降り立ったかと思えば途端に腹を抱えて無機質に笑う。こいつまじでぶっ殺したい。どうせ返り討ちに合うだけだが。
「何?悪い?どうせ可愛くない女ですよ!」
「いや、そっちの方が人間味があっていいんじゃない」
「はあ?どの口が言ってるの?」
不意に腕を引かれて一見細く見える彼の筋肉質な胸板に顔がぶつかった。あっという間に彼の腕の中に閉じ込められてしまっている。反抗的な顔を上げて見せれば距離が近くなった真っ黒の瞳が私をしっかりと捉えていた。飲みこまれしまいそうになるほど深い深い闇のような目を恐ろしいと思いながらも 好きだったのだと思い知らされる。そういえばなんで私たちは付き合っているんだっけ、彼は私のことを好きなんだっけ、思い出せない。
「でもあんまり生意気でも困るな。どうすれば機嫌直る?」
「はい、無理。自己中心的なとこ直してくれない限り無理です」
「ああそうだ、セックスでもしよう。大抵のことはそれで有耶無耶になる」
「おい、人の話聞いてんのか!」
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