超大学級問題? いいえ、違います!


夕焼けが差し込んでオレンジ色に染まった部屋。
パソコンのキーボードをひたすら叩く音が響く中、唐突にそんな雰囲気に不似合いな着メロがパソコンのそばのテーブルに置かれた携帯から聞こえる。
少女は携帯の画面を叩き、それを見て耳にあてる。


「はい、もしもしくそ兄貴」
『おい喧嘩売ってんのか』
「はいはい、要件は?」
『くそっ……今から10代目のお部屋に来い!』
「お部屋て。何今みんなそっちいるの?」
『いいから来い!』
「……横暴かよ」


そう未来がぼそりとつぶやけば、ぶちりとその電話は切られた。
左手の薬指と中指をキーボードに走らせてドキュメントを保存し、パソコンを閉じた。


「さて、あの子のところにでもいくか」


あいつは少しくらい待たせてもいいだろう。
そう思いながら小さく嘲笑を浮かべた彼女は、漆黒に包まれそうな部屋を唯一照らすデスクランプのスイッチに手をかける。
玄関のドアはすでに鍵をかけてある。窓も閉め切っている。今日は新月だ。街灯に邪魔されて星の光もない。
デスクランプのスイッチが消されると同時に、漆黒が彼女の姿を包み込もうとする。それらから逃れるように、彼女の姿は瞬く間にそこから消えた。

時を同じくして、沢田家二階にある沢田綱吉自室では。


「獄寺君、今誰に電話をかけたの?」


本来ならば一人用であるはずの勉強机はプリントで散らばり、四人の男女がその机を囲んでいる。
綱吉はベッドのすぐ近くの床に座り込んで胡坐をかいて獄寺を見上げている。携帯を苛立たしげに閉じた彼は、すぐに綱吉に犬のような笑みを向けてその隣に再び腰を下ろした。


「すぐにわかりますよ! それより、待っている間にほかの問題を解いてしまいましょう!」
「あ、そ、そうだね……」


そしてしばらくして彼らがようやく問い7を飛ばしたそのほかすべての問題を解き終えた。
改めて四人は問い7が書かれたプリントを見つめ、持ち上げ、睨み、そしてまたテーブルに置く。焼いても炙っても、難問であることには変わりはなさそうだ。
すると、空気を切るような音がして誰もいなかったはずの空間に急に二人の女性が現れた。
一人は藍色、一人は金髪の髪の毛をまるでジャンプした直後かのように空中に舞わせて、仲良く手をつないだままあたりを見渡した。


「え、み、未来に雪!? い、今どうやって……」
「ネットでファンタジー小説を読んでたときに「できたらいいな」と思って試したら案外できた。 瞬間移動」
「でも集中しないと時空の狭間で迷子になって肉体を粉々に裂かれてしまうとか言われたからここにくる直前に遺書書いといたけど大丈夫そうだったね」
「はははっ、そんな残酷な死のリスクを抱えてまで移動時間を短縮したいとかさすが未来なのな!」


褒められてるのかよくわからない内容に首をかしげながらお礼を言う未来をよそに、雪は勉強机の上のプリントを押しのけて空いたスペースに小包を置く。


「なんか夜遅くまで集まってるみたいだし差し入れもってきたよ」


そういって広げたのは、まだ出来たてで湯気も立っているおにぎりだった。
おぉ、と歓声を上げる勉強組に「これはおかかで、これは鮭マヨで」と具を説明していく雪。
そんな中、彼女の視界に映ったのは今朝綱吉をストーカーしていたはずの女子、その名も三浦 ハルの姿である。彼女はぽかんと口を開けたまま後ろのめりにすわり、両手を後ろの床につけてかろうじてバランスを保っていた。


「……どうかしたの?」
「……は、は、はひっ……今、どこから現れたんですか!?」
「……あ」


一般人にばれた、と自分で作った差し入れのはずのおにぎりを自分で食べる未来。
雪と未来は気まずそうに目を合わせてから、ため息をつく。その間ハルは手品ですか!?などとを叫びながら綱吉のクローゼットを開け手品のトリックを見破ろうとして綱吉に止められている。


「えーっと、君名前は?」
「三浦 ハルです!」
「元気だね……じゃあハルちゃん。僕実は超能力者なんだよね。でもこのことがバレたら外国の怪しい化学組織に追われて捕まって体中あちこちをいじられて人体実験されちゃうんだよね……」
「は、はひぃ!? それはとってもデンジャラスです!」
「そうなんだよね。だから今見たことは、お願いだから秘密にしていてくれるかな? 僕のために」
「もちろんです! そんな危ないことに貴方を……えっと、お名前は……」
「あぁ、ごめんね。僕は高城 未来、でこっちが北国 雪。並中に通ってて彼らと同じクラスだよ」


そうやって綱吉たちを指させば、ハルは両手に握りこぶしを作って大きくうなずいた。


「未来ちゃんたちを危険に晒すようなこと、ハルは絶対にしません! 約束です!」
「ありがと」
「さすがペテン師を二つ名に持つ女だな。その口先の達者さには見習うもんがある」
「ふぁー! リボーンしーっ! あとペテン師の由来はそれじゃないから!」


唐突に未来の背後から現れたリボーンに驚くことなく未来はあわてて口先に人差し指をつける。
だがそんな未来を完全にスルーして、リボーンは勉強机に飛び乗る。そして足ぶみをしてその部屋にいる全員の注意をひきつけた。


「注意が反れてるぞ! 早く解けぃ!」
「……え、何事?」
「高城 未来くん、私はリボーンなどではない……ボリーン教授だ!」
「え、あ、はい……」


とっさのことに反応ができず、思わず乾いた返答をしてしまった未来にリボーンの鉄槌、基鞭が入る。
「いった!」と激痛に対する未来の悲鳴が部屋中に響き渡り、誰もが目をつむり身を縮こまらせた。
そんな未来の頭を撫でて慰めながら、雪はいよいよ本題に入る。


「……で、何のために未来を呼んだの?」
「知らないできたの!?」
「何も言われずに電話切られたもん……」


涙目で患部をさする未来に、獄寺は苛立たし気にテーブルからとあるプリントアウトを掴む。
そしてひらりと宙を舞うそのプリントを未来の眼前に突き出し、乱暴に言い放った。


「これだこれ、問い7!」
「問い7? ……えーっと……一片11.5平方センチの紙100枚を、3メートルの高さから同時に落としたとき、全ての紙が寸分違わず重なることがあることを証明せよ?」
「……」


授業で習ったのとは全く関係ない出題に、雪は眉根を寄せて黙りこくる。
もし仮に関係があるとしても、それは中学生レベルの問題なのだろうか。重力などを用いた物理の計算も必要となるのではないだろうか、と首をかしげる雪。


「隼人は分かったの?」
「いや……自信がなくてよ……これ、計算するとしたら……」


どこで習ったのかはわからないが決して楽ではなさそうな英才教育を受けた獄寺と、イタリアにいたころに義務教育で必要な知識以上のそれを無理やり身に叩き込まれた未来は、そこにいる誰もが呪文かと首をかしげる数字や数式の名前を述べて討論を始める。
綱吉たちはもちろん困惑の表情を浮かべるがその中で一人、そんな未来たちを気にも留めない人がいた。
雪は未来の手の中からひらりとプリントを抜き取り、そのプリントを凝視する。ちなみに討論に夢中になっている未来は気づいてない。

そして、雪は怪訝そうにプリントに書かれているその問いを見て、人差し指の第一関節を軽く噛んだ。


「……これって……」
「つっくーん! お客さんよー!」


そんな明るく可愛らしい声に、部屋中の意識が扉に集まり全員が己の行動を中断する。
綱吉母に連れられてきたのは、何の変哲もない平凡そうな中年の男だった。


「ハルのパパです!」
「ふぁざー」
「大学の教授だっていうから、呼んでもらったんだ」


唐突な父親という存在の登場に、未来は目を見開き眉根を寄せ両頬に「怪訝」と書かれていそうなほど露骨な顔をした。それを見て綱吉はあわてて説明する。
その間に雪は、ハルの父親にプリントを渡した。


「……ふむ……」


痛いほどの沈黙に、ハルの父親一人に突き刺さるいくつもの視線。
しばらくプリントを見つめ、何度も何度も質問を読み返し、キーワードになりうる単語をペンでマークしてから、ようやく彼は顔を上げた。


「……これは君達が解けないのも無理はない。超大学級の問題だよ」
「超大学級!?」
「答えは証明できない。そんな事はありえないからだ」
「嘘ぉ!?」
「大学教授を信用できないかね?」


何てこと、とだれもが口をあんぐり開けた矢先、その空気をぶち壊したのはほかでもないリボ、いや、ボリーン教授だった。
ずっと勉強机に腰かけていたボリーン教授は、ハルの父親の発言を待ってからついにその答えを出した。


「解けるぞ」
「……え?」
「この問題、トンチなんだ」
「……へ、え、えぇ……えー!?トンチー!?」


綱吉が真っ先に悲鳴をあげる。
その傍らで、未来は「トンチ?」と首を傾げ、雪は「その場に応じて即座に出る知恵」と辞書を引いた。


「雪。お前は何かに気づいていたな? 言ってみろ」
「え、えぇ? ……全然自信ないんだけど」
「構わねぇ。いいから言いやがれ」
「……うーん。あのね……この問題、言葉がなんかおかしいなって思ったの。私いまだに日本語を読むのは苦手で、頭の中で翻訳して読むから気づいたんだけど……これ、言い換えるとつまり「方法を述べてみろ」ってことじゃない……?」
「……んー、よく意味がわかんねぇぞ?」


山本と綱吉は相変わらず首をかしげていたが、その言葉で未来と獄寺は合点がいったようだ。
ハルの父親からプリントを返してもらい、三度凝視する。


「そういうことだぞ。この質問には、「紙束をそのまま3メートル上から落とせ」とは言ってねぇんだ。紙束を縛ればどうなる? 糊を使えば、証明できるんじゃねぇか?」
「お……おぉ……私としたことが……!」
「さすが雪だな。頭の固い奴にはこの問題は解けねぇ」


暗に頭が固いといわれてショックを受ける未来と獄寺をよそに、雪は頬を赤く染めて照れくさそうに笑う。
未来にテストの点数で負けて悔しがっていたのはつい今日のことなのだ。いつか未来と並び、いや未来を越そうと親友ながらもライバル心を抱く雪にとってその一言はすごくうれしいものだったのだ。


「……あ!? その容姿……その、なにものにもとらわれない発想……貴方はまさかあの、時々世界の学会に現れては、不可能といわれた問題をことごとく解いていく……天才数学者、ボリーン博士!?」
「えぇ!? リボーンってそんなにすごかったの!?」
「とにかく、解いたのは俺と雪だ。この勝負、引き分けだな」
「ひ、引き分け!? な、何で……雪は並盛だろ!?」
「だって俺が決めたんだもん」
「可愛く言うなー!!」

「何々、何の勝負?」と聞いてきた未来を、ショックから抜け出せない獄寺は力なくあしらった。

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