毒蠍(さそり)


夕日のオレンジ色に染まった教室の中で、一人の少女が窓辺でたたずんでいた。
少女が落とす影は窓際から廊下まで届きそうなほど長く、黒かった。

ヴヴッ……。

静かな教室に、携帯の音だけが響く。
誰かと会話でもしているのか、彼女の爪がガラスの画面を叩く音と携帯のバイブレーションの音が交互に聞こえる。

メッセージを打ち終えたのか、少女は顔をあげて窓のほうを見つめた。
画面が真っ黒になった携帯を見つめる少女の顔は、どこか物憂げだ。

その陰鬱な表情に合わせようとしているかのように、夕日のオレンジ色はさらに色深く教室を侵食していった。
そして、静かな声が響き渡る。


「……そっか。今日、来るのか」
「おい、未来!」


唐突に窓の外から大きな少年の声が聞こえた。
その声に驚いたように肩を震わせ、慌てて未来と呼ばれた少女は窓の外へと身を乗り出す。


「早くしろよ……10代目が待ってるだろーが!」


その位置からは、銀髪とススキ髪と金髪がよく見えた。夕日のせいで、それぞれの髪の毛はまるでガラスのようにキラキラと光を反射していた。
いつも一緒の黒髪の姿は見えないが、部活だろうか?

少女は、ため息をついてからいったん窓から顔を引っ込める。そしてたくさんある机のうちの一つに近づいた。目的はその机の上に置かれている藍色の学生鞄のようだ。
その他は空虚なこの教室の様子を見ると、おそらく他の生徒はもうみんな既に下校したのだろう。
ためらうことなく、少女は鞄をひっつかんだ。


「隼人、五月蝿い。メールくらい打たさしてくんないの?」
「んなっ……てめぇ!!」
「まぁまぁ、獄寺君」


今にもダイナマイトを投げそうな様子の銀髪を、ススキ髪が慌てて宥める。
金髪は、チャーミングな瞳でただこちらを見つめ、可愛らしく唇で弧を描いた。
未来はその光景を無言で眺めてから、窓に足をかけた。


「……あ」
「ちょっと試してみるだけだって」


金髪の少女がそれに気付き、小さく声をあげる。
それを諭すように、未来が笑みを浮かべて金髪に伝える。


「うりゃっ」


そんな声をあげながら、未来は窓枠から足を離す。
逆さまに落ちていく体に、舞う藍色の髪の毛。


「みっ、未来!?」
「何がしてぇんだテメェはっ!」
「あーぁ……」


驚く二人と、苦笑する金髪の少女と裏腹に、未来は綺麗に床に着地…したように見せかけて5歩ほどよろついた。
そしてそのまま、ぐきりと足首を変な方向に曲げる。

ちなみに、先ほど未来がいたのは二階である。


「いでっ、」
「いでっ、じゃねーだろ、この馬鹿!」


隼人と呼ばれた少年は未来の頭に華麗なチョップを食らわせる。
華麗に乾いた音が鳴り響き、ススキ髪と金髪は顔を見合わせて笑った。


「い゛っ……! 何すんだ、このタコ!」
「誰がタコだ! 10代目待たせやがって……誰にメールしてたんだよ?」


未来はクスリと笑って、獄寺に耳打ちした。とたんに、獄寺の顔が青ざめる。
その豹変ぶりに、ススキ髪たちはそろって首を傾げる。


「なっ、なんで、あいつに、」
「それじゃー、待たせてごめん。帰ろっか! 雪に綱吉」
「あ……うん」


銀髪の名前が省かれているのは大して気にしないのか、綱吉は少しおどおどしながら歩き出す。
それに続くように雪が歩き出し、未来はそれに並んだ。
あとに取り残された獄寺という銀髪の少年は、いまだに青ざめた顔のまま動けずにいた。





「……ようやく着いたわ。……ここのどこかにいるのね……」


彼らが校門を出たと同時刻、そんなに遠くない場所で、一人の女性が凛とした声でつぶやきを漏らした。

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