師匠、それと妹弟子


「おはよう、ツナ!」
「あ、雪に未来……おはよ」
「どうかした? 元気ないけど……」
「あ……や、朝のどたばたでちょっと……」
「ご愁傷様です」


リボーンと同じ屋根の下に住んでいる綱吉は毎朝毎分毎秒が戦争である。それを彼女らもわかっているからこそ、彼女らも心からの哀れみと悼みを彼に送ることができるのだ。


「そういえば今日獄寺くんたちは?」
「山本は今日は野球の朝連だったと思うよ。獄寺は――」
「僕も知らないよ。どうせまたダイナマイトの新調とかじゃないの」
「あー……はは、銃刀法違反って当てはまるのかなぁ……」
「爆弾はたぶん爆発物取締罰則とかだったと思うよ」
「雪はそういう不思議な知識をいっぱい持ってるよね」


そんな他愛もない話をしながら、通学路を歩く。
今日は珍しく遅刻する時刻でもなく、三人の歩く速度は比較的ゆっくりである。
平日毎日歩きなれた通学路の途中に異様なものがあることに、一番最初に気づいたのは綱吉だった。


「あれ? 何でこんなとこに屋台が……」
「へぇ、中国系だ」


グローバルになり始めているこの社会、なんら不思議なことでもない。
美味しそうな中華まんの匂いに、綱吉はよだれを垂らしその屋台へと歩を進める。そんな彼を見て、苦笑しながらも二人は彼の後をついていった。


「うわぁ美味そう! おじさん、一つください! どれも美味そうだなぁ……」


綱吉と一緒に屋台の中を覗き込む雪とは違い、未来はその数歩後ろから二人を眺めていた。
彼女の耳に中国語が少し入るが、大して気にも留めない。中国系の屋台なのだから、中国人がいたっておかしくはないだろう。だがそんな彼女の両目は、小さな子供が屋台の座席から飛び降りた際にのれんがひらりとはためいたことによって見開かれた。
屋台の主には面影がある。彼女は、彼を知っている。


「……師匠」
「えっ」


いち早くそれに雪が反応する。私の親友は嫌に知り合いが多いな、なんて思いながら。


「やっぱり老師だ……」


放心するような未来の一言に、だが屋台の主は一言も発しない。それどころか顔は隠されていて、どんな表情をしているのかすら伺えない。
それでもそんな彼の感情や思考を理解できているとでも言うかのように、未来は安堵するような笑みを浮かべた。


「老師のことだから、そんなことはないかと思ってたけど……ずっと音信普通だから死んじゃったのかと思ってましたよ……」
「……」


やっぱり屋台の主は答えない。
未来はそんなことは気にも留めず話を続けた。


「また挨拶に来ますね。話したいことがいっぱいあるんです」


そう言うだけ言うと、未来は満足そうに踵を返した。
屋台の主は綱吉に肉まんをひとつ手渡し、綱吉は少しだけびっくりした顔で代金を払う。そしてすぐさま未来の後を追いかけた。


「未来に師匠なんていたんだ……」
「そりゃあね。って言っても、物心がつき始めた頃だからかなり幼いけど」
「ちょっと意外」
「俺も……」
「何でよ……どうにも、幼い僕は中国の上海市に一人で彷徨ってたらしくてね、そんな僕を拾って鍛えつつアメリカに連れてってくれたのが僕の老師で。その後、でっかい抗争が起きてそれに巻き込まれた僕らは離れ離れになっちゃったんだ」


生きててくれてうれしいよ、と照れくさそうに笑う未来は、まるで自分の親のことを自慢げに話す娘のように見えてどうにも微笑ましい。
綱吉はその話を聞いて、思わず微笑みながら「未来の師匠が作った肉まん、美味しいよ」と褒め言葉を吐いた。


「アンッアンッ!」


もうすぐ学校だ、と歩き続ける三人の足を止めたのは一匹の鳴き声。
それは好奇心旺盛なチワワが住まう一軒家で、小さな体を必死に大きく見せようとしながら吼え続ける。どうやらそのチワワの目的は、綱吉が手に持っている肉まんのようだ。


「あ、あげないよ。俺の朝飯だもん!」
「よーしよしよし」


慣れた手つきで雪が手を差し出すと、チワワはふんふんとそんな雪の手の匂いを嗅ぐ。一瞬で懐柔されたようで、次の瞬間には甘えた声を出していた。
そんな雪の手腕に未来は感嘆の声を漏らした。


「綱吉も、チワワと喧嘩すんなよ……」
「うぅ……」


いとも簡単に雪になついてしまったチワワを見て、自分でも情けないと思ったのだろう。綱吉はがっくりと項垂れた。
その間も雪にずいぶんと懐いたチワワは鎖に抗ってもっと雪に近づこうと暴れ、撫でられては尻尾を振る。
そのとき、何かに気づいた雪は撫でる手を止め、小さく声をあげた。


「……あ」
「え……」


三人の動きがぴたりと止まる。三人ともまるで鏡うつしのように同じ畏怖の表情を携えて。
そう、先ほど綱吉を馬鹿にした未来ですら、同じように。
そしてそれも無理はない。なぜなら、そのチワワの影から現れたのは、犬離れした巨体の獰猛なもう一匹の犬だったからだ。もともと好戦的な性格をしている犬種だというのにそれだけでなく、プロポーションを人間のそれと比べればボディビルダーと一致する具合だ。


「……雪、ほら……」
「いや、あれ私無理。本当に無理。犬じゃないもん」
「犬だよ……たぶん、犬のはずなんだよ……」


なぜか鎖につながれてないその犬は、緩慢とした動きでのそりと鉄柵を押す。
いとも簡単に彼は自らの縄張りから足を踏み出し、的確に綱吉へと狙いを定めた。


「ひっ……」


おなじみのあの悲鳴が聞こえようとした瞬間、何かが三人の目の前を横切る。
それは三人よりもだいぶ幼い人影。
リボーンと見た目の変わらぬ子供だった。

[ 10/58 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]


indietro


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -