記憶の欠片
「おいユキ、ボスんとこ行ってこれ確かめてもらって来いよ」
「……わかった」
「んもう! ベルったら、自分で行きなさい!」
「だって俺王子だもーん」
幼いながらもしっかりと髪に王冠をからませるベル。
そんなベルをぼうっとした瞳で見つめながら、ユキはゆっくりとした動作でベルの手元の紙を受け取る。
そして小さい足取りで、そのままアジトの中のボスの部屋へと向かう。
「う゛お゛おぉおい! ユキィ、どうしたぁ?」
「……紙、ベル……から」
「あいつ自分で行けぇ゛!」
未だに言語にはなれないようで、片言なユキとユキに構わず叫びまくるスクアーロ。
だがそんなスクアーロの叫びにも慣れてしまったのだろうか、最初の頃はよく耳を塞いだりしていたが、今はもうめっきりそういうこともなくなった。
「……じゃあ、」
「気を付けろよぉ!」
スクアーロの声を背中に聞きながら、ユキは再び駆けていく。
そしてついにたどり着いたボスの部屋。
ドアノブはちょうどユキの頭の少し上にあり、開けることすら彼女にとっては一苦労だった。
ろくに食べることが出来なかったユキは、実年齢不詳だとはいえ通常より小さく細いのは変わりない事実だった。
礼儀としてドアを数度ノックする。
……返事は聞こえない。
不在なのだろうか、と思いながらせめてベルの紙をテーブルにでも置こうと思いながらユキは背伸びをしながらドアノブを回す。
いともたやすく扉はガチャリと音を立てて開き、ユキは少しだけよろけそうになりながら部屋に入る。
「……!」
部屋には確かにボスがいた。
だけど、椅子に座ったまま深く目を閉じ、おそらく眠っているのだろう。
だが、このままでは風邪を引いてしまう。
部屋の冷房はこれでもかというほどきいていて、思わず身震いをしてしまうほどだった。
ユキは慌てて部屋を見渡し、やがてベッドサイドに畳んである毛布に気付く。
小さいながらもしっかりしたユキは、その毛布を掴み、あまりの重さに数歩よろけてから、やがてそれをそっとザンザスにかける。
「……あ?」
「っ……」
その際に起こしてしまったのか、ユキはザンザスの声にびくりと肩を震わせる。
薄らと目を開けたザンザスは、鋭い眼光でユキを睨む。
だがそれがユキだと気づき安心したのか、再び目を閉じた。
「……ユキか。どうした」
「……ベル、が……紙、確かめて……欲しいって」
「そうか。そこに置いておけ」
ザンザスは顎でテーブルを指し示し、ユキは言われるがままに紙をテーブルに置いた。
テーブルの上にはそうでなくとも紙が大量に散乱していた。
そのほとんどが文字だらけで、ユキには到底それが何についてなのか理解できなかった。
「……此処には、慣れてきたか?」
唐突に話しかけられ、ユキは振り返る。
あまり言葉を交わしたことないボスとの対話は、ユキにとっては少しだけ恐怖を抱くものであった。
「……みんな、優しい……特訓、頑張る……」
「……そうか」
それだけを言って、ザンザスは口を閉ざした。
もう何も言うことがないのか、それきり少しも動かない。
ユキは出ていっていいのかそれとも何か意図があるのか混乱せずにはいられない。
ここでのルールはボスだ。それを痛いほど理解してた。
ルール違反を起こした人の末路を、ユキは何度も見たことがある。
それと同じ過ちだけは、嫌だったのだ。
手を口元にやり慌てるユキ。
そんなユキは、ふと頭上の感触に気付いた。
柔らかくてあったかい感触。
少しくすぐったくて、だけどものすごく心地よいそれ。
ザンザスは、まるで壊れ物でも扱うようにユキの頭を撫でていた。
それだけで、ユキの心は驚くほど温まった。
それだけで、ユキの瞳からは一筋の涙が零れ落ちた。
「――……き……」
ゆっくりと意識が浮上し始める。
聞き慣れた声が私を呼んでいる。
「……ゆき……」
起きたくない。
でも起きなきゃいけない。
だけどここはとても、心地いい……。
「……雪ぃ! いい加減起きろぉ!」
聞き慣れた悲鳴に、ついに私は目を覚ましてしまった。
折角幸せな夢を見ていたというのに、スクのせいで台無しだ。
私はのそりと不機嫌そうに起き上がりながら、目の前のスクの顔を眺める。
「うるさいよスク……いったいどうしたっていうのさ」
「今何時だと思ってんだぁ゛! とっくに特訓の時間だぞぉ!」
「うわっ、もう11時……やっばー、寝すぎた」
ふわ、と欠伸をかまして雪はそのままベッドを降りる。
そして小さく伸びをしてから、一日の支度をし始めた。
だけど頭の中は、ずっとあの温かい感触のことについて考えていた。
「……ねぇ、スク……」
「んだぁ?」
「……ボスって」
支度をするために適当な衣服を持ち出しながら雪は呟く。
そして振り返りざまに、質問の続きを口にした。
「……どんな人だった?」
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