箱根学園男子寮長の相談事



箱根学園。
山に囲まれ、自然に溢れた学園。そこまで行く為には長い坂道を登らなくてはいけない。また、学生のほとんどが寮生活しており三年間、寝食を共にする学生間の絆は深い。
寮には各学年男女1人ずつ寮長がいる。持ち上がり制で、一年寮長は三年寮長から直々に指名される。
寮長と言っても仕事は主に規則違反者への罰則や寮での集会の進行役程度であるが、たまにおこる喧嘩の仲裁や生徒からの相談事など気苦労が多い。
本当に寮長は大変である。

そして、今箱学三年寮長は困っていた。



ごめんね、勉強中に。ちょっと相談ごとがあって。
いつも相談されるばかりの僕が相談するなんて珍しい?僕だって悩みくらいあるさ。
プライバシー保護があるから学年と名前は伏せるけど、とある生徒からの相談事があってね。話から分かっちゃうだろうけど君なら誰も言わないだろ?
相談っていうのはね
「隣から女の子の名前を呼ぶ声がする」
っていうのなんだ。

まあこれだけ聞けば愛しい彼女の名前を言っているだけに聞こえるよね。男が女の子の名前を言い続けるなんてちょっと気持ち悪いし想像もしたくないけど、とりあえずその人の隣の部屋の人に話を聞きに行くことにしたんだ。


「東堂くんいるかい?」
「なんだ?」
「少し話があるんだけど」
「ちょっと待ってくれ」

相談を持ち込んだやつの隣は東堂くんだった。ここで僕はあれって思ったんだ。だって、箱学自転車競技部の東堂といえばナルシストだけどファンクラブもあるほどの美形だ。あとなに?森の眠れる忍者だっけ?異名を持つくらいロードレーサーとしてもすごい。だから寄ってくる女の子は数多なのにファンが悲しむからって彼女はつくっていないはず。なのになんで彼が女の子の名前を呼ぶんだ?って。

僕はこのとき部屋を間違えたかと思ってたけど、東堂くんの部屋の隣はちゃんと相談者の部屋だし、その向こうは非常階段がある。だからここで正しいはずだったんだ。


あっ長い?ごめんね、あとちょっとだから。


旅館の息子らしい東堂くんの部屋はやっぱり綺麗だったよ。ファンからもらったらしい可愛いグッズが置いてあったけどね。
他校に彼女がいるのかな?とも考えたけど、ロードに乗った写真ばかりで女の子と撮った写真は制服でしかも箱学の子たちのだけだった。いろいろよく分からなくなったんだけどとりあえず東堂くんに聞いてみたんだ。

「東堂くんって好きな女の子いるの?」

えっ?ダメだったかな。「彼女がいるの?」って聞いたら「いない」って言われてそれで話終わりそうだったから。
続けるね。

「今はロードで手いっぱいだからな。恋愛をしている暇などない。どうしてそんな質問を急にしたのだ?」
「いやあ実はね、とうど「もしや寮長の好きな人が俺のファンクラブに入っているのか!?大丈夫だ安心しろ!彼女たちは俺を応援してくれているだけでそこに恋愛感情はない。俺ほどの美形とは言えないが、寮長も中々いい男だと思う!この東堂尽八が言うのだ、間違いぞ!天が三物を与えたこの東堂尽八がな!」
「そっそうだね、東堂くん森の眠れる忍者だもんね」
「ちっがーう!スリーピングビューティー、森の眠れる美形だ!何かいろいろまじっているぞ!」
「あれ?僕は東堂くんは森の眠れるなんとかで、忍者だって聞いてたから」
「忍者と言った奴に俺の素晴らしさを説かねばならんな!」


っていう感じで結局、女の子のこと聞けなくて消灯時間になったんだ。


「寮長とこんなに話したのは初めてだな」
「クラス一緒になったことないもんね。楽しかったよ」
「こちらこそだ!寮長にこんな見所のある男とは知らなかった。またいろいろ話そう」
「うん!おやすみなさい」
「あぁおやすみ」


それが昨日の話なんだ。
東堂くんと話していても女の子の話題は出てこなかったから、もしかして部屋と部屋の間に幽霊でもいるんじゃないかって思ったら、相談した人に言い出せなくて君に相談したんだ。


「君ならなんとかしてくれるんじゃないかなって思ったんだ、荒北くん」
「前々から思ってたんだけど、寮長オレのこと買い被りすぎじゃナイ?」
「そんなことないよ、君は本当にすごい人さ」
「リーゼント頭見といてよく言うぜ」
「あれはあれで似合ってたよ」
「ッセ!」
「まあ、こうしてべプシも奢ったんだから相談に乗ってよ」
「ったく、んで呼ばれてた女の名前ってなんなんだ」
「えっと確か....」



「巻ちゃぁぁぁぁぁん」



「そうそうまきちゃん....ってあれ?今の東堂くんの声?」
「今のは幻聴だよ寮長」
「えっでも確かにまきちゃんって」
「幻聴ダヨ」
「幻聴なの?」
「ウン、幻聴」
「そっか〜幻聴か。初めて聞いたよ」
「寮長、この件オレに任せてもらっても大丈夫?」
「大丈夫だけど本当に幽霊だったら」
「それはないから安心してェ」
「それじゃあ頼んだよ荒北くん」
「おやすみ寮長」
「おやすみ」



少し経って僕は相談者からお礼にべプシをもらった。曰く、声がもうしなくなったそうだ。このべプシは荒北くんにあげようと思う。今回の件を解決してくれたお礼だ。

荒北くんに会いにいく途中で東堂くんを見かけた。少し元気がなさそうだったから、荒北くんに東堂くんの好きなものを聞いて差し入れしようかな。


「荒北くん!これ相談者から貰ったんだ」
「べプシじゃん!ありがと寮長」
「こっちこそありがとう。これでぐっすり寝れるようになったって言ってたよ。どうやって解決したの?」
「ナイショ」

そのまま荒北くんは部活へ行ってしまった。その背中を見て僕は結局、声の正体はなんだったんだろうと考えたけど答えは出なかった。寮に幽霊がいるなんて聞いたことないけど幽霊じゃないといいな。

まあ何がともあれ一件落着!