塔は崩れた



※病んでる注意


「シリウス!シリウス!ねぇセブルス、シリウスはどこに行ったの?」


まだ外出したら危ないじゃないと言い部屋を彷徨うように歩くナマエには、以前の美しかった彼女の面影はない。ほおはこけ、長い綺麗な黒髪は今や枝毛だらけ、おしゃれだったはずの彼女のローブはぼろぼろ、そしてその青い瞳には光がなかった。

ブラックがアズカバンから戻ってきて1番喜んだのはナマエで、同時にやつが死んだことに1番悲しんだのも彼女だった。やつは亡骸もなかったそうだ。泣きじゃくるナマエを我輩は抱きしめることしかできなかった。そしてナマエが泣き止んだ時、彼女がシリウスの死を受け入れたと全員が思ったが、それは間違いで、彼女は次第に病みを抱えていき、最後に心が壊れた。我輩の唯一の友人は、今はもう廃人のようだった。


「ナマエ、一回落ち着こうか」


ルーピンがナマエの肩を優しく抱え、ソファに座らせた。トンクスがすかさず膝掛けをかけてナマエの横に座る。その手には我輩お手製の栄養剤があった。ナマエはもうモリーが作った料理には手もつけず、こうして栄養剤の力で生きてきた。珍しいジュースをもらったのと言うトンクスから疑いもせずにゴブレットを受け取り、ナマエはゴブレットいっぱいに入った奇抜なピンク色の液体を飲み干した。あんな色のジュースがあるわけないのに、ナマエにはもう判断力など備わっていなかった。


「やつはダンブルドアの使いで外に出てるんだ。帰るのはまだ時間がかかるだろう」
「あら、そうなのね」


また嘘を重ねてしまった。それならゆっくり待ちましょうと笑うナマエにポッターが思わず顔を背けてしまうのが見えた。やつは拳に力を入れており、ウィーズリーの五男とグレンジャーが寄り添っているが、やつらの表情も暗い。いつも騎士団の雰囲気を明るくしてくれたナマエが、今はもういないからだ。


「ハリー、シリウスがいなくて寂しくない?」
「大丈夫だよ、ナマエ」
「セブルス、帰ってきたシリウスと喧嘩しちゃダメよ」
「それは約束できないな」


我々が平気で吐く嘘が、いつか真になればと絶対にありえないことを願いながら、我輩はまた一つ嘘をナマエの心に積み重ねた。ブラックが死んだあの日、ナマエもあの場に居たはずなのに、ナマエは自分の記憶からその出来事を消し、やつが死んだといくら伝えようが、その事実を受け入れることはなかった。きっと頭では分かっているだろうが、ナマエの心は受け入れることを拒否した。だから騎士団全員でナマエに嘘をつき続けることに決めた。それは我々がナマエに生きてほしいと願ったことで、きっと残酷だとどこかの誰かに非難されそうだが、それほどナマエの状態は悪かった。


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「ナマエが私の料理を食べてくれたわ!」


モリーが大きな声でそう叫ぶのをアーサーが優しく落ち着かせた。セブルスがダンブルドアを殺してまだ日も経っていなくって、私たちはみんな落ち込んでいたけれど、モリーがもたらしたニュースに、食卓が明るくなる。ナマエのことを唯一の友人だと言ったセブルスはご丁寧にも栄養剤のレシピを残してくれていたけど、ストックも切れて、学生時代から魔法薬学の権威であったセブルスと同じように薬を作れるとは思えなかった私たちにとって、ナマエがご飯(それがただのおかゆであっても)食べてくれたことは大きな喜びだった。

そしてそれからゆっくりと回復していくナマエにみんなが喜び、騎士団はまた明るい光に照らされた。けれど、ナマエにはもう魔法の力はなくなっていて、ただ羽を一枚浮かせられるだけで、ほとんどマグルと一緒だった。その中でもナマエは笑い、騎士団をモリーと一緒に支えていってくれた。


「モリー、今日は私も一緒に料理を作るわ」


帰ってきたシリウスをびっくりさせるのと笑うナマエは昔と変わらない笑顔を見せてくれたけれど、相変わらず私たちは彼女に嘘をつき続けていた。ナマエはまだシリウスの死を受け入れていない。ナマエの心に積み重なっていく嘘に、僕は罪悪感を募らせた。シリウスがこんな状態のナマエを見たらきっと悲しむだろう。シリウスの家族である彼女は、ハリーの家族でもあり、血は繋がってないけれど、確かに愛はそこにあるのだ。これから激化していくだろう戦いに、私はナマエをどう守ろうか頭を悩ませていた。シリウスの宝である彼女を私の宝である妻子と同様に、私は守りきらなければならないのだ。


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「ママ!」


ホグワーツの至る所で戦いは行われていて、私はハリーの身を案じつつも、ただがむしゃらに戦っていた。ハリーにはロンとハーマイオニーが付いているから大丈夫と信じながら、私も目の前の敵を倒していく。すると現れたベラトリックス・レストレンジに殺されかけた私は、彼女との間に現れたママに思わず声を上げた。


「娘に何をするの!?」
「黙れウィーズリー」


2人の間を飛び交う呪文に私は思わず尻餅をつく。ママってこんなに強かったのだと思いながら、自分の足でしっかりと立ち上がった。レストレンジはヴォルデモートの腹心で、手強い相手だ。ママの手助けをしなければと思った瞬間、ママの手から杖が離れていく。レストレンジが卑しく笑ったのが見えた。


「アバダ・ケダブラ!」


ママが殺されると思い、私はやめろと叫んだが、死の呪文は無情にも発せられた。私はママの元へ走るが、当のママはただ呆然とその場に立っていた。ママが荒いを繰り返しているのが見え、私はママが死んでいないことを知った。


「ナマエ...?」


ママがそう呟くのが聞こえ、私はママの隣に立って、前を向いたらレストレンジが息絶えているのが見えた。何があったのか見当もつかない。死の呪文は確かに叫ばれたのに、ママは無事であったのだ。ナマエの名を呼んだママはきっとショックで、思わず呼んだのだろうか、魔法が使えなくなったナマエは騎士団の本部に残してきたから、この場に彼女がいるのはおかしいことなのだ。


「ナマエ!」


またママがナマエの名を呼んだ。私は幻聴だと思ってママの顔を見たが、ママの目の向きは先程と変わっていないのに、表情はどんどんと呆然から驚愕へ変わっていった。私はママの目線を追う。だけど、レストレンジが死んでいるのが見えただけで、そこには何も変わらない風景があった。


「ジニー、ナマエがそこに」


ママが恐る恐る指をさす場所は、少しだけ私たちとレストレンジを繋ぐ線から外れている場所で、そこには女性がうつ伏せで倒れているのが目に見える。ママはその女性がナマエだと言った。私は走り出してその倒れている女性を抱き起こす。そこには、穏やかに眠るナマエの姿があった。


「嘘よ!嘘だわ!」


ナマエを抱え、泣き出した私を彼女ごと抱きしめたママはゆっくりと私の頭を撫でた。いつもと変わらないその手に私は涙が止まらなかった。私の涙は、ナマエの綺麗な顔へと落ちていく。ナマエはハリーの家族だったのに、ハリーはまた家族をなくしてしまった。今どこにいるか分からない、きっと戦っているだろう大好きな人を思い浮かべて、私は涙を拭いた。


「さっきナマエが、私とレストレンジの間に立ちはだかったの。そしてレストレンジに向かって死の呪文をかけた」


私はナマエに助けられたわと言うママ。それを聞いて私は、ナマエはシリウスの仇を取るために今までまで魔法を使わなかったのだろうと思った。


「ママを助けてくれてありがとう」


そっとナマエの髪を撫でて、彼女を地面へ降ろす。周りをクッションで囲み、ナマエがこれ以上傷つけられないようにした。そして、私とママはまた、未だに続く戦いへと向かっていった。


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「ナマエの部屋から見つけたの」


モリーおばさんから受け取った手紙を僕は握りしめた。長かったヴォルデモートの戦いの中で、沢山の大事な人たちが死んでいき、残された僕らはがむしゃらに生きていた。ホグワーツを復興させたり、魔法省を立て直したり、傷ついた人たちを慰めたりと忙しい毎日を送っていた。その中で出てきたナマエの手紙を読むというのは、僕にとって恐ろしい事だった。最後に残った僕の家族であるナマエはモリーおばさんとジニーを庇い、シリウスの仇であるレストレンジを殺してこの世を去った。最後にナマエが正気に戻ったのかどうか、この手紙を読めば分かるだろうけど、やっぱり嘘をつき続けた僕には封をきれなかった。


「ハリー、一緒に見ましょう」


シリウスの家の暖炉の前で立ち尽くしていた僕に、ジニーが優しく声をかけてくれた。2人でソファに座り、僕はゆっくりとナマエからの手紙を開いた。ジニーが僕の肩をそっと抱いた。


親愛なるハリーへ。
あなたがこれを読んでいるってことは、私はもう死んでしまったということね。ハリー、あなたを残して逝くことを許してほしいわ。私もシリウスもあなたが笑ってホグワーツを卒業する姿を見たいと思っていたのに、不甲斐ない親でごめんなさい。あなたの家族としてずっと一緒にいたかったわ。


そこまで読んで、僕は天井を仰いだ。シリウスやナマエは僕に家族というものを教えてくれた。僕は彼らを不甲斐ないと思ったことなんて一度もない。ジニーが僕の頬に伝う涙を拭き、読みましょうと優しく呟いた。


あなたに謝らなければいけないのがもう一つあるわ。セブルスのことよ。私、彼がなんでダンブルドアを殺したか知っていたの。彼がそこまでして危険な状況にわざと身を置いたことも全てよ。ごめんなさい。黙っていてくれと言う友人の頼みを私断れなかった。

それから、これをいつ書いたか気になるわよね、ハリー。実はね、今みんながホグワーツに向かっている最中なの。本当にみんなには迷惑をかけたわ。シリウスが死んだってこと、私ずっと分かっていたのに、心が追いついていないせいで、随分と傷つけたわ。優しいみんなに私はずっと甘えてた。家族が亡くなったのはハリーも同じなのに、私たちは支え合わなきゃいけなかったのに、私はハリーに寄り掛かったままだったわ。

これから向かう戦いで、誰が死ぬか分からないけど、私は覚悟しているわ。もし私が死んだとしてもあなたにはロンもハーマイオニーも、そしてジニーもいる。私がいなくなってもきっとあなたは強く生きていける。

よく聞いてハリー。家族はね、失ってもまた得ることができるのよ。ジニーと幸せになりなさい。今度こそ、家族という幸せを得るのよ。それからジニーに伝えて、私たちの息子をよろしくねって。ハリーから言うのはおかしいだろうけど、大事なことよ。きちんと伝えなさいね。

あなたは私たちの自慢の息子よ。
愛してるわハリー、幸せになって。


p.s.あなたのプリンさっき食べちゃったわ。ごめんなさい



最後の文はいらないだろうと泣きながら言う。ジニーは僕の横で、きっと彼を幸せにしてみせるわと意気込んでいる。僕はそんな彼女を抱きしめて、心の中で誓った。絶対に家族と一緒に幸せになると。


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「パパのパパとママはなんで2人ずつもいるの?」
「んーそれはな」


お墓の前で無邪気に笑う弟に、パパは優しく語り出す。ジェームズ・ポッター、リリーポッター。シリウス・ブラック、ナマエ・ミョウジ。並んだ2つの石碑に刻まれたそのジェームズとシリウスという名は、僕と一緒である。おじいちゃんとおばあちゃんとシリウスはパパを、ナマエはママを守って死んだと聞いて、もし彼らがいなかったら僕もアルバスもいなかったのだろうと考えた。


「どうしてみんなはパパとママを守ったんだろう」


ふと疑問に思い口にする。するとママは僕の頭をそっと撫でた。向こうではアルバスがパパにもみくちゃにされていた。


「家族だからよ」
「それが愛だ」


そう言うパパとママの顔はなんだか寂しそうだったけど、僕の心は暖かくなった。ふーんと何も分かっていないアルバスにも、今日の僕みたいにいつかきっと分かる日が来るのだろう。


「さぁ帰ろうか」


ふと振り向いた時、4人の男女がこちらを見て微笑んだのが分かった。僕は彼らに大丈夫と大きく頷くと、彼らは手を振りながら消えていった。