泣き虫と青い鳥


21 泣き虫とルール説明



廊下に出てから角を二つ曲がってすぐの部屋に、立花くん達はいた。床板の上にそのまま無造作に座り込んだ彼は、私を見上げながら座るように指示する。後ろを振り返ると中在家くんが小さく頷いたので、私は空いているスペースにちょこんと正座した。部屋の中には立花くんや食満くん、善法寺くんと、私を連れてきてくれたろ組の二人だけで、潮江くんがいない。それに少しほっとしつつも、彼が席を外している理由に察しがついて眉を下げる。

「貴方が元の時代に帰る為の方法については、現状思いついたものを只管試していくしかないだろう」

前置きもなく立花くんが本題を始める。

「何が当たるか全く分からない以上、長期戦も覚悟すべきだろうな」

ストレートな言葉に、そうですね、と私は目を伏せた。気を遣って言葉を選らばれるより考えようによっては良いのかもしれなかったけれど、ずしんと来る。

「言った通り、学園は夏休みで一月以上生徒は疎か先生方も戻らない。出来ればこの間に解決したいところだな」
「…はい」

なるべく早く解決したいというところについては同意しかない。頷いて、私は正面から立花くんを見る。彼は言葉を止めてから、私を見て少しだけ目を細めた。

「私達は忍務の為でなくそれぞれが鍛錬の為に学園に残ることを選択した。正直、ずっと貴方に付き添うことは出来ない」
「それは、…もちろんです。私もなるべく手間はおかけしたく、ないです」

ストレートな言葉を続ける立花くんに、私は途切れ途切れに返す。

「なるべく誰か一人は近くにいるようにするが、貴方が行動できる範囲はこちらで設定させてもらった。これについては後で実際に歩いて説明する」
「はい」
「帰る方法について、過去に同じような事例が残っていないか調べるとしたら図書室だが、図書室の書物は部外者への貸し出しができない。立ち入りについても我々の誰かがついているときに限らせてもらう」
「…わかりました」
「文献のことであれば図書委員長である長次が詳しい。最初の取っ掛かりの部分は長次に任せるのが一番だろうな」

私の隣に同じくちょこんと座っていた中在家くんを見やると、彼は先程同様小さく首肯した。

「部屋は学園長が話していた通り先程の部屋を使うといい。今いるこの部屋の並びに六年生全員の部屋がある。普通に歩いても一番近いは組の部屋まで50数える程度で着くだろう」
「困ったことがあればいつでも来いよ」

食満くんが人好きのする笑顔で言い、その隣に座っている善法寺くんがうんうんと頷く。それに会釈で返しながら、私は頬が少し緩むのを感じた。は組と紹介された二人は、何というかろ組の二人とは違う親しみやすさがある。

「食事は当番制だが、少なくとも暫くは私達がやるので貴方は気にしなくて良い。厠と風呂についてはこの後行動可能範囲を説明する際、併せて案内する」

簡潔に一点一点述べていきながら、立花くんは最後に「何か質問は」と言った。一度に情報が入ってきて全部整理できないまま、私は「とりあえずは、ないです」と歯切れの悪い返事を返すしかなかった。立花くんは小さく息を吐いてから、「まあ何事もやってみないと分からないだろうな」と呟く。

「我々も初めてのことばかりだ。気がついたことがあれば言ってくれ」
「…すみません」
「気にするな。学園長先生直々の忍務だ、元より我々に拒否権などない」

静かな声に身が縮んだ。それは結局、私が現れさえしなければこんなことにはならなかったということだ。

「生活必需品については追々だな。貸し出せるものは学園の備品から出そう。一応それで困ることはないはずだ」
「…ありがとうございます」
「食事の際は呼びに行く。井戸の位置も教えるから、水分は自力で補給してくれ」
「はい」

それから私は細々としたいくつかの注意事項を聞き、メモがないので出来るだけ全部を一度に覚えようと努力した。立花くんは話の最後に実際にやってみないと分からない部分もあるだろうから不明点があれば聞いてほしいということを言ってくれたので、それには曖昧に笑って頭を下げた。

こうして、私の忍術学園での生活が始まったのだった。




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