泣き虫と青い鳥


11 泣き虫と無茶振り



その後はあっという間だった。
私の所在に否定的だった先生方も学園長先生には逆らえないのか、受け入れてくれた様子だった先生方に宥められながら一瞬でどこかへ消えてしまった。部屋には私と学園長と七松くんや中在家くんを含む何人かの男の子達が残され、急に降りた静寂に私は身を竦める。
それを遮ったのは、当然というべきか学園長先生の咳払いだった。

「さて、わしもそろそろ行くかの」

え、と私より先に声を上げたのは、目の下に濃い隈のある男の子だ。

「詳しい説明は無しですか!?」
「説明も何も、お主ら上で聞いとったろ」
「しかし、あれだけで間者かもしれぬ者を預かるというのは…!」
「そこを見極めるのがお主らの忍務じゃ」

学園長先生は「良い実習になろうて」と笑う。呆れた表情で言葉を失った男の子に対して、もう一人別の男の子が「何だお前、自信ないのか」と揶揄った。明らかな挑発にかちんときたのか、隈のある男の子が「なんだと!」と噛みつく。唐突に目の前で始まった言い争いに、私はおろおろする以外ない。
なのにそんな状態で、学園長先生は「ヘムヘムー!」なんて謎の掛け声を室外に向かってかけ、更に呼び声に応えるように謎の白い生き物が障子を開けて入ってきた。白い生き物は「へむ、へむへむ」と謎の鳴き声で学園長先生に何やら話しかけていて、学園長はそれに「うむ。そうじゃの、そろそろ出ようか」なんて呑気に返答している。私にはへむとしか聞こえないけれど、学園長先生と謎の生き物はきちんと意思疎通ができているようだ。へむなんて鳴く動物初めて見た…なんて驚いている場合じゃない。

「あの、私は、どうしたら…」

このままだと本当に彼ら―――呼びかけによると、六年生―――と置き去りにされる。考えるよりも前に、咄嗟に震え声が出た。学園長先生はどこかから出した包みを背に負いながら、私に向かって笑ってみせる。

「学園での過ごし方については名前さんに任せよう。生徒もおらぬし、自由に過ごすが良い」
「…っ自由にと言われても、」
「困ったことがあれば都度6人に訊ねれば良かろう」
「でも、あの」
「ああ、その衣装では過ごしにくいこともあろうて、山本シナ先生が小袖を用意してくださると言っておった」
「こそで?」
「こちらでは大抵の女性が着ておる衣服じゃな。部屋は昨晩泊まった部屋で良いかの?」
「あの、それは勿体ないくらいなんですが、でも…っ」
「では、わしはこれで。出来るだけ早く帰り道が見つかることを、及ばずながら祈ろう」

所々遮ろうと頑張る私の言葉を物ともせず、学園長先生は矢継ぎ早に話を進めていく。最後に白い生き物が「へむ!」と鳴いて、学園長は笑いながら着物の袷に手を入れた。

「では皆の者、息災で」

呼び止める間もなかった。着物から引き抜いた学園長先生の手には丸い謎の物体―――全然知識がない私から見ると昔風な爆弾にしか見えない―――を取り出し、それを床に向かって叩きつけた。瞬間、もわっと密度の高い煙が立ち上って視界がホワイトアウトする。何も見えなくなったことに動揺するよりも、咄嗟に吸い込んでしまった煙に肺が跳ね上がった。げほごほと咳き込み、涙目になりながら口元を押さえる。火事の時は身を低くするようにという小学校の頃の先生の話が脳裏を過った。膝をついて背を丸めたけれど、煙は目に染みるし咳は止まらなくて苦しいし喉も痛いしでどうにもならない。泣きながら繰り返し咳き込み続ける私の背中に誰かの大きな手のひらが触れた。それが宥めるように何度も背を前後して、漸く呼吸が落ち着く頃には部屋に満ちていた煙は殆ど消えており、同じく学園長先生の姿も跡形もなかった。
口元を手で覆ったまま先程まで彼のいた場所を呆然と見つめていると、ふっと背中から暖かい手のひらが離れていくのを感じた。慌てて振り向くと、中在家くんが静かに私を見て口を開いた。

「………もそ」

大変だ。やっぱり何て言っているか聞こえない。
明らかに私に言っているのにどうしよう。聞き返して良いものだろうか。おろおろと口を開いたり閉じたりしていると、茶色いふわふわの柔らかそうな髪の男の子が笑った。

「『もう大丈夫か』って言ってるよ」
「……」
「学園長はいっつもあんな感じで唐突に煙玉投げるから。慣れてないとびっくりするよね」

唐突に煙玉投げる人がいるのか。室町時代怖い。ジェネレーションギャップありすぎて先行きに不安しかない。
私は眉を下げながら、中在家くんに向かって小さな声で「ありがとう、大丈夫、です」と伝えた。中在家くんは目を閉じて小さく頷いた。

「さて、」

溜息混じりに呟いたのは、髪の長い綺麗な男の子だ。切れ長の目と視線があって、私は姿勢を正す。先程の学園長とのやりとりと言い、もしかしたらこの『六年生』の中のリーダー格は彼なのかもしれない。
この後私はどうしたら良いのだろう。頼みの山本先生もいらっしゃらないし、学園長も消えてしまった。頼れと言われたのは同年代らしいとは言え男の子6人。どうやったら元居た場所に帰れるのかとか、それ以前の問題だ。
多分、突然こういう形で私を押し付けられた彼らも、同じ気分だったのだと思う。

「まずは何からすべきか」

呆れたような顔で彼は言った。




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