0110 23:57

「私はもうすぐ、月に帰らなければなりません」
昔話のような言葉をつむぐ彼の口元はいたずらっぽく笑っていた。彼の手元には古典の教科書がある。そういえば自分も昔授業でならったっけなあと体温計を見ながら遠い記憶を引っ張り出す。無理難題を言うかぐや姫は確かに奔放な彼と少し似ているかもしれない。
「先生、登山が趣味でしょう?ならこれからは富士山に登ってよ」
「混んでるじゃないか。入山料もかかるし」
「いいじゃん。俺のわがまま聞くの、実は好きでしょう?」
「…まあ。悪い気は、しないな」
着ている服をたくし上げた彼の胸元に聴診器を当てる。トクントクンと聞こえる心音はいつもよりほんの少し、遅い。
「この国で一番高いところだから、もしかしたら会えるかもよ」
「なるほど。それはいいな」
「うん。だから、会いにきてね」
白いベッドに横たわる彼の身体はずいぶんと細くなっていた。点滴を打つ肌を確かめると、その肌はこの暖かい部屋の中で汗もかかず、随分と冷たい。
別れのときが近づいていた。
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