「なまえも、そんなに鍛錬しなければ綺麗な顔に傷なんて付かなかったのにな」 夜、私が本を読んでいると衝立の向こうから小平太が唐突に顔を出して言った。 「…そんな、こと」 まあ、不意打ちだ。 とにかく反応に困った。 私はきれいな顔というわけではないし、鍛錬だってしなければ強くなれない。 複雑だ。 「まあ、私はどんななまえも好きだけどな!」 にかり。 まるで太陽のような笑顔を小平太は私に向ける。 私には勿体無い笑顔。眩しすぎる笑顔。 そんな笑みを小平太は惜しみなく私に向けてくれる。 それが私は堪らなく嬉しい。 そんな笑顔を私に向けないでくれ。 本当にその笑みを向けられて良いのは私ではないのだから。 本当にその笑みを向けられて良い存在を、私は奪ってしまったのだから。 あぁ、胸が苦しい。 小平太に笑顔を向けられる罪悪感と、それでも嬉しいと感じてしまう自分と。 私はなんと罪深いのか。 神様とか言う奴が居るのならば私はそいつを恨むだろう。 何が楽しくて、私を中在家長次と言う存在に成り代わらせたのか。何故私なのか。 疑問が尽きることなどない。 しかし、私の中の悪魔が囁く。中在家長次という存在は私だ。小平太からの愛を、お前が受け取ってしまえ、と。 そうだ。中在家は私だ。私が中在家なのだ。 どうせ中在家長次など、存在しないのだろう…? ならば、小平太の愛は、私が― 「…小平太、」 「ん?なんだ?」 「…愛してる」 刹那、小平太は愛おしそうに私を抱きしめる。 お前は力加減が出来ないのだな。骨が折れそうだ。 愛おしい。私は小平太が愛おしい。 心のどこかで、違う自分が泣いた気がした。 ( ← ‖戻る‖ → ) |