夜のすすきのを闊歩する。三月も半ばとはいえ、夜はとても冷える。冷たい風が頬を掠める。
さんざめく雑踏とネオン。やたらと煩い高収入求人の広告トラック。エムシーエムのリュックにヴィヴィアン・ウエストウッドのオーブネックレスをしたホス狂いの女。まさに『夜の街』だ。
そして俺は何故ここにいるのか。そう、とある人と待ち合わせをしているのだ。寒空の中、ニッカウヰスキーの看板の下でスマホを弄りながら待つ。
(ったく……なんでこんな寒い中外で待たなきゃならねえんだ……)
そんなことを考えつつ十分が経過する。漸く待ち合わせしていた相手――『そわれ』と名乗る女がやってくる。
「ごめん黎くん、待たせちゃったね」
「まじで寒かった」
彼女はツイッターのフォロワーだ。よくプレイするゲームが同じで、そこから仲良くなった。ちなみに俺はツイッターでは『黎』と名乗っている。
「とりあえずラウワン行こ?」
「はぁい」
ニッカウヰスキーの看板の下からそのまままっすぐ南下するとすぐにラウンドワンが見えてくる。建物の中に入ると、案の定暖房が効いていて暑い。
「なんでこんなゲーセンって暑いんだろ」
「ただでさえ機械の熱で年中暑いのに暖房つける意味ないじゃん」
「ほんとそれ」
エスカレーターで四階へと上がる。煌めく筐体の光が見えてくる。人が多い時間帯ではあるが、俺と彼女がプレイしているゲームの筐体はたまたま運良く二人分空いていた。
「ロカマチしよ」
「ん、いいよ」
二人分空きが並んだ筐体の前に立つ。上に着ていたトラバストーキョーの黒と白のフェイクファーのパーカーを脱ぐ。流石にこれを着たままだと邪魔な上に暑すぎる。そして、プレイデータを保存するカードを筐体にかざし、ゲームを開始する。
「黎くん、おすすめの譜面教えて」
「じゃあこの曲とかどうかな」
◆
一時間半ほどプレイした辺りで、人の混み具合がなかなかのものになってきたので「とりあえず離脱して飲酒するか」という流れになった。ラウンドワンを出て、ゲームをして火照った身体を涼ませつつ行きつけのカジュアルバーへと向かう。
「ねぇねぇ」
「ん?」
俺が彼女の方に顔を向けると、そわれは「なんでもない」と言った。大抵、こういうときは『構ってほしい』というアピールなのを、俺はわかっていた。
「はーい、構ってほしいんでしょ、よちよち」
そう言いながら頭を撫でてやると、彼女は拗ねつつも俺の腕に身体を寄せ、抱きついてくる。
「扱いが雑っ」
「なんで?撫でてるんだからいいでしょ」
「むぅ……」
端から見たら恋仲に見えることだろう。しかし、俺と彼女は付き合ってはいないのだ。そう、お互いただの『好都合』な関係。遊びたいときに遊び、寂しいときだけ『恋愛ごっこ』をする。それが俺と彼女の関係なのだ。
しかし、最近それが軽く崩れようとしている。そう、本来ならお互い『本気』にはならないはずなのに、彼女の俺を見る瞳は――『本気』そのものだった。
「黎くん」
「ん?」
彼女の目が、少し潤んでいるような気がする。繁華街の眩い光を受けて、煌めいている。そんな儚げな雰囲気に、俺は不覚にも心が揺れ動いてしまった。
「えへへ、なんでもないよ」
俺にはわかる。この笑みは、無理をしているときのものだと。でもきっとその原因は俺だ。
(いや……好都合、そんな関係のはず。俺はこの曖昧な関係から一歩は踏み出したくない。また俺が傷つくだけだ)
俺は恋愛をすることに臆病になっている。見た目のせいで『女殴ってそう』『浮気しそう』と言われることはよくあるのだが、実際浮気してくるのはいつも付き合った相手の方だ。それを繰り返していくうちに、俺は恋愛をすることに疲れてしまった。
「黎くん……?」
「あぁ、いや、なんでもないよ。行こっか」
「うん」
いつの間にかいつものカジュアルバーのあるビルの目の前まで来ていた。エレベーターのボタンを押して、ビルの上の階へ。お店の中に入ると、人はまばらだった。
ウエイターに案内された席は窓際の席だった。眼下に広がるのはすすきのの夜景。これがデートなら最高のシチュエーションだ。
「何頼む?」
「んー、私はとりあえずカシスソーダで」
「俺はモヒートを」
なんとなく、頭に過ったのはモヒートのカクテル言葉。昔、なんとなく女の子にかっこいいと思われたいとイキって調べまくった記憶がある。結局、それを披露する場はなかったのだが。注文して少し経つと、お通しのおつまみと共にお酒が到着した。
「じゃあ、乾杯」
「乾杯」
グラスを静かに合わせ、ミントを少し潰しつつ少し口に含んで味わう。爽やかな味のそれを、ゆっくりと飲み込む。
少しの沈黙の後、口を開いたのは彼女だった。
「黎くん。……私がもし黎くんに本気になったら、どうする……?」
そんなことを言う彼女の手は、ほんの少し震えていた。
「もうとっくのとうに本気でしょ?」
「っ、なんでわかったの……!」
「わかりやすいんだよ、そわれは」
そう、彼女はいつもわかりやすい。彼女の考えていることなんて、基本的には大体手に取るようにわかる。
「まぁ俺もちょっとは本気になってるかも?なんてね」
冗談なような本当の言葉で返す。そんな俺に、彼女は「絶対うそだっ」とまた拗ねた。
「さぁ、どうだろうね」
俺はモヒートのグラスの縁に飾られているライムを絞った。そして再び口に含む。
「……本当だったら、いいのに」
彼女が消え入るような声でそう呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。彼女の手の震えが少し強まる。今にも泣きそうだ。
「ごめんね、俺もそわれで遊びすぎた……かな」
「っ、うぅ……」
声を押し殺して泣く彼女。俺は彼女の手に、そっと自身の手を重ねた。
「そわれ」
「……なに」
「カクテル言葉……って、知ってる?」
俺のその言葉に、「まぁ、少しなら」と返す彼女。
「それなら話が早いな。今飲んでるグラスが空になったら、今の気持ちを表すカクテル言葉で次に飲むものを決めよう」
「……うん、わかった」
それから俺と彼女は無言でグラスを空にした。そして、次に飲むカクテルを『エックス・ワイ・ジー』に決める。
「そわれ、決まった?」
「うん」
「じゃあ、注文しようか」
彼女が注文したのは、『アプリコット・フィズ』だった。昔さんざん調べていたのに、こんな時に限ってカクテル言葉が思い出せない。
カクテルが来るまで、再び沈黙。内心、この関係の崩壊が怖くもある。でも、今晩はお酒の力を借りて一歩を踏み出そうと思う。恋愛に臆病になってしまった俺が、漸く。
「お待たせしました。エックス・ワイ・ジーとアプリコット・フィズでございます」
目の前のコースターにカクテルが置かれる。そして、彼女が口を開く。
「アプリコット・フィズのカクテル言葉は――振り向いて、だよ。こんな私なんかがそう思うのもおこがましいかもしれない、けど……でも、やっぱり黎くんを想う気持ちが止められなくて苦しいの」
その少し憂いを帯びた笑み。俺の中のこの気持ちは、確信に変わる。
「じゃあ、エックス・ワイ・ジーのカクテル言葉。アルファベットの最後の三文字だから、これで最後……というのに由来するカクテル言葉で」
彼女が泣きそうな顔になる。俺は、そんな彼女を守ってあげたい、ずっと側にいたいと思ってしまったのだ。ずっと心の内に閉じ込めていた想いは、やっと認めることができた。
「永遠にあなたのもの」
「っ……!」
彼女の表情が瞬く間に変わる。でも泣きそうなことには変わりない。
「……なんでまだ泣きそうなの?」
「だって、うれしすぎるんだもん」
「よちよち、可愛いなぁ」
頭を優しく撫でると、彼女は再び泣き出した。俺は「大丈夫だよ、ちゃんと本当の気持ちだから」と声をかける。
「ねぇ、黎くん……すき」
「ん、俺もすき」
窓の外の宝石を散りばめたような光の景色が、より一層輝いて見えるような。今度こそ幸せになることを信じて、俺は再びカクテルを口にした。
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