私は今、紗弓さんの家で宅飲みをしている。
紗弓さんはお酒が好きで、色んな種類のものを家に取り揃えている。軽くバーが開けそうなレベルで。今日は初めて紗弓さんの家に来たけれど、家自体もとてもお洒落なお店のようだった。暗めの室内にオレンジの間接照明、お洒落な観葉植物。本棚に沢山並んでいるのはデザインに関する本や文学作品。奥の方の机には機械にあまり詳しくない私でもわかるほどスペックが高そうなデスクトップパソコンがある。キーボードが七色に光っていた。
そして私が今飲んでいるのは紗弓さんの作ってくれたスクリュードライバー。その前に私はキューバリバーやマタドール、そしてチャイナブルーも飲んでいる。これは四杯目だ。
ちなみに私は先日成人したてで、紗弓さんの前でお酒を飲むのはこれが初めてだった。しかし、私の家系はお酒に強い人しかいないので、そんなに酔うことはない。でも私は、"お酒で酔ったふりをして"紗弓さんに甘えている。そうでもしないと甘える勇気が出ない。いや、私達は付き合ってはいないけれど――でも、私は紗弓さんのことが好きで。
「さーゆーみーさぁんっ」
私はそう言い、紗弓さんの腕に抱きついて肩に頭を乗せた。まるで子供が甘えるように。
「もー、花瑠ちゃん酔ってるでしょ」
「むぅ……はるちゃん酔ってないもん!普通だもんっ」
"お酒のせい"、なんて便利な言葉。どんなにぶりっ子な言動をしても"お酒のせい"で全て片付く。我ながら演技が上手いとは思う。
「ねーえ、さゆみさんっ、かまって?」
上目遣いで甘ったるい声を出してそう言うと、紗弓さんは「もう十分構ってるでしょ。よちよち」と言いつつも満更でもなさそうな雰囲気で。
「花瑠ちゃん、酔ったらあまえんぼさんになるんだね?」
「よってないもん!!」
「酔ってる人ほど酔ってないって言うんだよ?」
そんなこと知っている。知った上で"酔ってない"と言ったのだ。本当に酔ってはいない……はずだけども。
「ふふ、あまえんぼさんな花瑠ちゃん可愛い。もっと酔わせちゃおっかな」
「……ふぇ?」
紗弓さんは、シェーカーにホワイトラムとブランデー、オレンジジュース、レモンジュース、ライムジュースと氷を入れてシェークした。そして、クラッシュドアイスを詰めたグラスに注いだ。
(スコーピオン、か。口当たりがいい割には度数そこそこ高めじゃん、これ本気で酔わせにきてるな……)
「はい、できたよ」
「いただきまーすっ」
少し口に含む。程よい甘さと酸味のバランスがよく、フルーティーな味で。知識はあるとはいえ、初めて飲むカクテルだった。
案の定度数が高い割には飲みやすく、どんどん進んでしまう。
「んぅ……紗弓さん……なんで私にそんなに思わせ振りな態度とるの……?」
(あれ、どうして、私こんなこと言うはずじゃなかったのに)
視界が涙で少し滲む。こんな本音なんて、絶対普段なら言うはずがないのに。
「思わせ振りじゃないんだけどなぁ。私は思ったことしか言わないよ」
「でも好きとか可愛いとか言ってくれる割には付き合ってくれないじゃん……!」
ぽつり、ぽつりと雨が降るように零れ落ちる涙。私の手の甲を濡らした。
「ぅ……うぅ……」
「……"本当に"酔っちゃったね、花瑠ちゃん」
「……え?」
間抜けな声を出した私に、紗弓さんは凄艶な笑みを浮かべてこう言った。
「ふふ、大人をからかうんじゃないよ。花瑠ちゃん、これ飲むまで酔ったふりしてたでしょ?」
「っ、え……」
なんと、全て見透かされていた。やはり28歳のお姉さんには勝てない。それと同時に、急に恥ずかしさが津波のように押し寄せてきた。
「ばれた……?」
「まぁ私も最初は騙されてたけどね?」
そう言い、私の頬を細い指先でなぞる紗弓さん。血の気が引いていくような気はするけれど、"お酒のせい"で身体は熱い。
「可愛いなぁ、花瑠ちゃんは。……可愛い、って言ってほしかったんでしょ?」
「うぅ……ごめんなさい……」
完全に視界がぐちゃぐちゃになった私に、紗弓さんは「大丈夫だよ、本当に可愛いから。意地悪してごめんね?」と言った。
「紗弓さんのどえす……」
「暑いよね?服、脱ごっか」
紗弓さんは私をソファに押し倒した。端の席がベッドのようになっているので、そのまま私は仰向けになった。
「……こんなことをするなんて、私も酔ってるのかもね」
そう言いつつ紗弓さんは慣れた手付きで私の服を脱がせ、下着だけの姿にさせた。
(……一体何人の女の子を抱いてきたんだろうな)
そんなことを考える私に、紗弓さんは「下着、可愛いね。でも脱がせちゃう」と言い、これまた慣れた手付きでブラのホックを外した。
「……花瑠?泣いてる……?」
「っ、う、ぁ……」
良くも悪くも女の子慣れしている紗弓さん。その事実を改めて突きつけられると、心臓が苦しくて切なくなる。わたしだけみててよ、って言いたいけれど、紗弓さんの動向をチェックしているとどう考えてもセフレの影が数名いるのだ。
「紗弓さん……っ、どうせセフレいるんでしょ、知ってるよ、どうせ私なんか沢山いる中のひとりなんでしょ……!」
最早ここまでくると紗弓さんに対する憎しみの念も出てきて。感情も視界もぐちゃぐちゃで、なんというかしんどい。
「花瑠ちゃんは特別だよ?」
「うそつかないで……絶対他の女にも言ってるんでしょ……?」
そんな私に紗弓さんはこう言った。
「"今晩は"私は花瑠ちゃんだけの恋人だよ」
今晩だけじゃなくて、ずっと恋人でいてよ。なんて、言えるはずもなかった。私は、紗弓さんに逆らえるはずがなかった。
でも、そんな一場の夢すら見たいと思ってしまう私がいて。今晩は、なんというか夢見心地でいたい。
「紗弓さん……っ、私を抱いてください……」
「よく言えました。沢山可愛がってあげる」
儚い夢が、今始まる。
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