幼馴染の七瀬遙に昔から言われていたこと。
「夜道を一人で歩く時は振り向くな」
これは昔、彼のおばあちゃんから言われていたことだという。
もうハルのおばあちゃんは亡くなっているけれど、彼はいまでもおばあちゃんのちょっとした教えは守っている。その中でも、特に昔から私に言うのは決まってこれだった。幼馴染のハルと真琴は高校まで同じだけれど、放課後に会って挨拶すると毎回決まってハルは言う。

「暗くなる前に早く帰れ」

 SC時代の知り合いの渚くんが入学してきて、水泳部を設立して、部員ではないけれど時々手伝いに行った際にも、たぶん気が向いただけだろうけれど時折ハルは声をかけてくれて一緒に帰る。初めはハルも女の子に気遣いができるようになったのか…と思って、本人にそう伝えたことがある。そうしたらハルは思い切り大きなため息を吐いて「そんなんじゃない」と言ったきりこの件に関して触れなくなった。決して無視されている訳じゃない。ハルは口数こそ少ないけれど理由もなく嫌がらせのように無視したりはしない人だ。

▲▽

 お母さんに夕飯の材料で足らないものがあると言われてお使いにいった帰り。「なまえ!」ランニングの途中なのかジャージ姿のハルが声を掛けてきた。

「ハル、自主練?おつかれ」
「ああ、お前は何してるんだ。もう真っ暗だろ」
「お使い。みりんが切れてるから買ってきてってお母さんに言われたんだ」
「…………家まで送る」
「送るって言うか、すぐご近所だし一緒に帰ろ?」
「ああ、……そうだな。なまえ、もう陽も沈んで夜だから振り向かずに歩けよ」
「あのさ、ハル、昔から「夜は振り返らずに帰れ」っていうの、なんで?転ぶから?」
「……………なまえは確かに転ぶ。でもそれだけじゃなくて…」

 隣を歩くハルが眉間に皺を寄せてものすごく言葉を選んでいるのが伝わってくる。ハルは普段からあまり喋るほうじゃないから、何か説明したりするときには少し間が空いて、彼なりの言葉を選んで話してくれるんだ。言葉の続きを待ちながら、じゃり、と砂を踏む音と闇の中で響く波の音を聞いていた。

「なあ、なまえは気が付いていないのか」
「何が?」
「ずっと昔から、お前についてまわってるだろ、『そいつ』」
「『そいつ』……?」
「振り向くな!!」

 ハルが声を荒げるのを聞いたのはいつぶりだろう。ジャージに私の顔を押し付けるようにして振り向かないように頭を固定される。

「このまま聞け」

 一見抱き締められているように見える。けれどそんな甘いシチュエーションではない。なぜって、聞こえてしまったのだ。ハルが私を引き寄せた瞬間、じゃり、と砂を擦る足音が一つ多かった。それも間近で聞こえてしまった。このあたりに私とハル以外の人影はない。音がするはずがないのだ。

「ずっと昔から、お前の後ろに黒い霧みたいなのがいる。ぼんやりと人のかたちをした…それが何なのかはわからないし、何が目的なのかもわからない。けどお前は気が付いてないみたいだったから、害がないようであれば放っておこうとおもった。……明日、あの寺に行こう。俺もついていってやるから。だから、昼間であっても一人で居るときに後ろを『振り返るな』。『それを見るな』いいな?」
「わ、かった」

 声が震える。普段なら冗談やめてよ〜なんて言えるのに。一人でホラー映画だって見られるよ。けれどハルがここまで大声で見るなと静止してくるのははじめてのことで、それだけ何かよくないことなのだとクククッ思ったら急に足が重くなって、手汗がすごい。アハッハルの腕が私の肩を揺する。「もう家に着く。……こんな話をして悪かった。今日は早く寝ろよ」キャハハハハッ「うん…ありがとうハル、教えてくれて。悪いけど明日、一緒に来て」「ああ」アハハッ耳鳴りもひどいし、早く、今夜は寝ちゃおう。玄関まで送ってくれたハルに挨拶をして扉に鍵をかける。明日、楽しみダネェそうだね。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -