「尚、おまたせ」

今日は恋人の尚の誕生日だ。事前にお祝いするからあけておいてと言ってあって、約束の通り待ち合わせ場所で合流したところだった。
大学の食堂で待ち合わせていて、尚の元へと近寄ると見たことのない女子2人が私と入れ違いになるように去っていくところだった。

「今のは?」
「この前誕生日聴いてきた子たち。駅前のケーキ屋さんのケーキ、もらったよ」
「……ふぅん。よかったね」

椅子に座ったまま私を見上げる尚はにっこり笑ってケーキの箱を掲げて見せた。
そんな尚の向かいの椅子を引いて座る。もや、と薄く膜を張る胸の内の感情に蓋をしてスマホを取り出す。特に理由もなくインスタを開いては眺めたりして。こんなつもりじゃないのにね。

「ふふ、どうしたの?今日なんだか可愛いじゃない」
「なにそれ、普段は可愛くないって?」
「そうは言ってないだろ?いつもに増して可愛いってこと」

綺麗な顔で小首を傾げて私の頬を人差し指でつつく。やめてよと手で払うとするりと取って手を絡める。「ほら、行くよ」そのまま席を立つ。
言い返そうと開いた唇は、一文字に結ぶだけに終わった。

■□

「昔はさ、俺が調理実習の残りを貰えば不機嫌、告白されれば泣いてたよね」
「じゃあ逆に聞くけどさ、尚は私が同じことを他の男子にされても平気だったわけ?」
「いいや?そんな事俺がさせないよ」
「だから例えばの話だって」

私の家について、あらかじめ作り置いた料理を温めなおしたりしてながらそんな話をする。今日くらい、可愛くいようと思って服もメイクも気合を入れたし喜んで欲しくて入念に準備をしたのにな。尚は至って普段通りで、飲み物を運んでくれたりして。メインディッシュとお酒が並んだテーブルに、ケーキを運ぶのがなんだか億劫だったから、テーブルが狭いことを言い訳に冷蔵庫の中に置いてきた。

「とりあえず頂こうかな」
「うん、そうだね。それじゃあ尚、誕生日おめでとう。乾杯」
「ありがとう。乾杯」

少し奮発して軽くて飲みやすい良いシャンパンを買った。こういうさらっとした飲み口のものなら尚はすきだろう。案の定、他愛のない話をしながらでもぐいぐい飲んでいく。元々尚はザルだ。顔が赤くなることもなく、水でも飲むかのようにグラスを開けていくのだから面白い。昼間、尚にケーキを渡した彼女たちはきっとこんな尚の姿は知らないだろう。ぼんやりする頭で声を出す。

「なお、あのねぇ、」
「飲みすぎだぞ、そのくらいにしとけよ」
「それとね、これ、誕生日プレゼント」
「あ…ありがとう、開けても?」
「うん」
「……時計、いいな。このデザインは好きだよ。ありがとう、使わせてもらうね」
「それとさ、冷蔵庫にケーキ、あるよ」
「準備しててくれたんだ?ありがとう」
「でもあんまりおいしくないかもね」
「それはどういうこと?」

今日くらいはせめて、かわいいおんなのこで居ようとおもったのに、可愛くない口は可愛くない言葉をぽろぽろと吐き出していく。やめろ、やめろ、これ以上言うな。私の口、黙って。お願いだから。

「昼間の可愛い子と同じ思考回路だから、同じお店で同じようなメニューかもよ。尚のこと考えたらきっとこれだって思うもん」
「あのさ、」
「本当に、ごめん。折角誕生日なのにさ、尚、もう今日は」
「可愛いよな、なまえは。昔からずっと変わらない。だから俺はなまえが可愛くて手放せないんだ、わかる?」

喋るなとでも言うように手のひらで口を塞がれる。賢いくせにこういうとこ脳筋なんだ。でも彼の言いたい事はわからないので素直に首を振る。お酒のせいでぼんやりする頭で曖昧に返事をする。もう全部お酒でリセットしちゃいたい。昼間の待ち合わせからやり直したい。尚がどんな顔をしているのか、視界がぼやけてわからない。尚の腕の中にいること以外、なにも。

「なまえさ、自分はポーカーフェイスができてると思ってるでしょ?」
「思ってる」
「全然。すーぐに感情が顔に出るよね。嫉妬深いことも知ってるよ、きっと誰よりもね。ケーキ屋さんがあの子たちとかぶったことなんて気にしなくていいのに。まあでも、その気持ちが嬉しいことも事実だけどね」

小さな子供をあやすみたいに頭を撫でられる。こんなわがままで勝手に癇癪を起すこどもじみた嫌な女でごめんね。でもね、私もまた、こうして全部言い当ててくれることが嬉しくて仕方ないんだ。どうかどうか、許してね。

「尚、ごめんなさい、ありがとう。それと、お誕生日おめでとう。大好きだよ」
「うん、ありがとう。今日一番嬉しい言葉だ」

未だに止まらない涙を唇が掬う。いくら言っても足りないくらいだから、どうかありがとうもごめんなさいも、これから先たくさん言わせてね。背中に手を回して抱き返して、二人で小さく笑いあった。




2019.8.27 尚先輩お誕生日おめでとうございます
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