その日は偶然にもよくない事ばかりが立て続けに起きる一日だった。
普段どおりに眠ったのに強固な寝ぐせがついてなかなか治らず、直すのをあきらめたし、ぼんやりしていた自分も悪いけれどフランキーにぶつかってコップの水をこぼしてしまったし、髪を結ぼうとしたヘアゴムはちぎれたし、敵襲に遭った際「弱そうな女からいけ」と言われ狙われたのも私だったし。
溜まりに溜まったフラストレーションを発散するのに酒はうってつけだった。よくない方向にばかり物事が進む日だと自覚があるから、アルコール耐性が少し弱いかなぁ、程度なのも自覚がある分、普段なら自棄酒なんて滅多にしない。乾杯の1杯だけ飲んだら、あとはノンアルコールを飲むようにしている。
 それにあの二日酔いの感覚がとても嫌いだ。胃はむかむかするし頭も痛くて気持ち悪い。なによりゾロには「この程度でだらしねェな」と言われるし良いことない。身をもって体験しているからもう二度と同じ過ちを繰り返してなるもんかと思っていた。いたのだが。普通に考えてゾロがすすめてきたものを受け取るな。肝臓の作りがそもそも違うのになんで受け取っちゃったんだ。初めからサンジくんに甘いお酒を出してもらえば良かった。今となっては反省できるのにとにかくアルコールを摂取したかった私は受け取ってしまった。多分あれ火とか吹けるくらいには度数が強いのではないかと思う。何故なら喉が焼けるように熱かった事しか記憶にないからだ。

□■

 なんだか今日の彼女は荒れていた。無理もない、散々な日だと、ダイニングでブルックに嘆いていたのが聞こえていたからだ。

「これ明日まで続いたりしないかなあ、明日には私死ぬかもしれない……」
「ヨミヨミの実が二つあればよかったんですがねェ……」
「そういう問題じゃない」
「大丈夫ですよ、そういう「何をしてもうまくいかない日」は誰にでもまれにあることです。気を強く持って、明日はきっと良い日になりますよ」

 言ってること自体は普通の事でもなんだか説得力があるなぁと晩飯の支度をしながら聞いていた。
「年の功ってやつ?」
「どうでしょうねェ。そうだ、まずは気分からあげていきましょう。私、なまえさんのために楽しい曲を演奏しますよ」
「本当?ありがとう」

 そうしてダイニングで流れ始めた陽気な音楽につられて集まってきたルフィやウソップ、チョッパーたちによっていつの間にか宴の流れになり、おれもメニューを増やして宴の準備へとシフトしたのだった。そこまではよかった。途中、ロビンちゃんのリクエストのカクテルを作るべく場を離れた隙にあのクソ剣士が勧めた酒を煽ってしまったらしい。おれはその場にいなかったから直接見たわけではないが、それはもういい飲みっぷりだったとロビンちゃんは言った。

「あの子、酔拳とか習ってみたらいいんじゃないかしら」
 
 顔を真っ赤にして何が面白いのか涙が出るほど笑っている、おれが密かに思いを寄せる女の子は、おれと、よりにもよってゾロを間違えたままめちゃくちゃに絡み酒をするタイプだった。
 弱いとは言っていたから、自制をしているところしか見たことが無かったのだ。なんだこれは、地獄ってのはカマバッカ王国だけじゃなかったのか。

「サンジくん筋肉ふえた?なんかむきむき」
「おい」
「わたしはサンジくんのことめっちゃすき……」
「お前目ェ腐っちまったのか」
「いつもおいしいごはんありがとう、大好き」
「いい加減にしろなまえテメェ邪魔だ!おれとあいつを間違えんじゃねぇ!」
「いい加減にするのはてめえだクソマリモ!羨ましいんだよそれはおれが言ってもらえるはずだったんだぞ!」
「じゃあコイツさっさと引き取れや!」
「ヤダ〜〜」

 あろうことかどれもこれも夢の中でもいいから言って欲しいランキングTOP3にはランクインするであろう言葉を、人間の区別もつかないほど酔った彼女はゾロの膝に跨って首に抱き着いて離れないまま言ってのけた。せめて、せめてナミさんやロビンちゃんなら目の保養だなぁ、なんて考えながら水を持ってくるくらいの気持ちの余裕があったというのに。どうして。

「サンジくん今日は煙草の匂いしないね」
「そんなもん吸わねぇからな」
「こないだ着てた服新しいやつ?似合っててかっこよかった〜〜〜」
「だってよ」
「嬉しいは嬉しいんだが複雑だ……なまえちゃん!君のサンジくんはこっちですよォ〜!」
「……」
「無視?」
「もういいからコイツもってけよ、暑苦しいんだよ」
「嬉しいの間違いだろクソ野郎がァ!なまえちゃんが離してくれねェんだろ、どんな間違い方してンだか知らねぇが」
「サンジくんすき……」

 汗臭いだろ、やめときなよと言おうとした言葉は飲み込んで、ぴしりと石像のように固まってしまった。「おーおー、童貞みてェな照れ方しやがる」膝に彼女がいるから座ったままのゾロがにやにやしながらこちらを見上げる。……彼女は、好きな相手に甘える時、こんな仕草で、こんな声を出すのか。死ぬほどクソ剣士が羨ましいが、実際なまえちゃんにそれをされて正気を保てる自信はあまりない。それでもそれを知るのはおれだけであってほしかった。

「ちっげぇよバカ、お前も手伝え。なまえちゃん離したら、適当に酒もってけ、その代わりここに一切近づくなよ」
「ヘェ。良い事きいたな。またこいつに飲ませりゃおれは酒にありつけるってことか」
「お前本気で許さねェ」
「へーへー、なんでもいいから、おらよ、手ェ離すぞ」

 もうすっかり意識を酒にシフトさせたゾロがだいぶ乱暴にべりりとなまえちゃんを首から引き剥がして、肩をとんと押す。ぐんにゃり力の抜けた彼女の身体は簡単に床の方へ向かっていくから、咄嗟に受け止めることに必死だった。

「っぶねぇな!怪我したらどうすんだ!」
「コイツのことだから頭が痛いけど二日酔いかなとかで済ますだろ。じゃあな、酒はもらってくぜ」

すたすたとキッチンに向かい酒を物色しはじめる音を聞きながら、肩を抱き起こして声をかけると「う〜〜〜ん、水?」とだいぶふわふわした声が返ってきた。

「あるよ、飲めるかい」
「飲む……」

ぎゅっとおれの胴にしがみついて離れなくなった。小さな頭がおれに寄り添っていて、酒の匂いのなかに微かに彼女自身の甘い香りもする。しぬほど可愛い。抱き締め返していいか?これは夢か?なんならキ、キスとか…してもいいか?脳の処理が追い付かずひとしきり天を仰いでいたら視界の端で顔を顰めたゾロが出ていくところだった。こっち見んな。
ムカつく野郎から愛しの彼女へ意識を戻したところで、ぎゅっとおれの胸元に顔を埋めたまま手だけでコップを探すなまえちゃんが「……ゾロいっちゃったんだ」と零した。今なんて?

「ゾロのせいで口から内臓ぜんぶでる」
「え!吐きそうか?ちょっと我慢してくれ、洗面器とか……!」
「ちがう……」
「気持ち悪いなら横になってな、チョッパー呼んでこようか」
「サンジくんのことすきってサンジくんにバレたから内臓ぜんぶでる…だって私絶対フラれるもん……」
「……………………今なんて」

辛うじて開いている瞼が睫毛を震わせて、弱い力でおれのシャツを掴む。俯いたまま声も震えているから、きっと泣いているんだろうか。誰だ彼女を泣かせたクソ野郎は……おれだ。

「サンジくんが好きなの、いつもかっこいいなって思って見てるんだよ。大好きなナミとロビンに嫉妬するくらいには好きなの。優しくしてくれるのがすごく嬉しいけど私のこと好きにならないならいっそフッてほしいよ、仲間同士でこんなの嫌だよね?ごめんね」
「ま、待って、ちょっと一気に来すぎだ」

 想像の範疇を超えた言葉が次々に襲ってくる。可愛い姿を堪能する間もなく、ごめんねと言いながらもおれの右手をぎゅっと握る。なまえちゃんの手はすべすべで気持ちがいい。いいけど。こんな都合のいいことがあるのか?これは夢か?それともグランドラインだからこんなことも起きるのか?おれはなまえちゃんのことが好きだけど、なまえちゃんはおれのことを好きじゃないと思っていたんだ。だって挨拶も雑談もしてくれるけど、あまり目を合わせてくれないし、たまに悲しそうな顔でおれの方を見て、何か言いかけてやめたりする。理由を聞いても答えてくれないし、片思いってのは難儀なモンだなァと思っていたところだったんだが。

「サンジくん、好き……ごめんね…」

 頭をぐらぐらさせていた彼女はそう呟いてすやすやと寝息を立て始めた。首を痛めないように受け止めて、一旦ソファに寝かせる。キッチンを出て女部屋からまだ明かりが漏れているのを確認して、なまえちゃんを横抱きにして女部屋まで運ぶことにした。もうあと3歩もあれば女部屋の前に着く。足を止めて彼女の寝顔を間近で見つめた。
気候もよく、凪いだ穏やかな海域だとナミさんは言っていた。空を見上げると夜でも空に雲は少なく、耳をすませばルフィかウソップだろうか、あの辺のいびきすら聴こえるようなそんな夜。アクシデントであっても、酒のせいだったとしても、正直ものすごく嬉しかったんだ。周囲に誰もいないことを確認して、そっと前髪越しに唇を落とす。
明日彼女に、伝えようか。そのためにはまず二日酔いに効くスープでも作ろう。穏やかな寝顔をしっかりと目に焼き付けて、体温を堪能してから女部屋のドアをノックした。
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