あーあ。
ついにやられちゃったのね。
全てを理解した瞬間、顔から笑顔が消えたのがわかった。はあ、とため息を吐いて目を閉じる。……あの子、持ってかれちゃった。
仲間で、歳の近い女の子で、笑顔がかわいくて、ちょっとアホだけど、そんな所も明るくて楽しいなまえ。友愛と恋の区別もつかないほど無知ではないと自覚はしている。私は彼女のことを恋愛の意味で好きだ。何度も彼女に好きだと言ったけれど、仲間として、友人としての好きだと受け取った様子の彼女は「ありがとう!私もナミが大好きだよ」と笑っていた。その度に一瞬の「好き」という言葉に浮かれ、瞬く間に「そういう事じゃない」という事実に打ちのめされていた。それでも嫌いになれなかった。むしろスキンシップをとるたび、ふとした仕草を見るたび、好きが募って何度も泣きたくなった。
だから、彼女がサンジ君を好きなことだって、サンジ君が彼女を好きなことだってきっと、2人よりも早くに気がついていたと思う。

 サンジ君のことは私だって好きだ。もちろん、仲間として。強いし、料理はとっても美味しいし、女にたいしてはあんなんだけど、とても優しくて気配り上手で、大事な仲間だ。仲間としては大切でも、恋となればまた話は変わってくる。私は「泥棒猫」よ、そこから盗もうだなんていい度胸じゃない。
私はあの子と毎日同じ部屋で眠るし、たまに寒いからなんて口実とともに同じベッドで眠ることもある。時々お風呂にも一緒に入るし、たまに服や小物を貸し借りしたりする。それは同性の特権だから。過去には酔ったフリをしてキスしたこともあるのよ。もちろん唇にも、頬っぺたにも。私の方がきっとずっと、長い事あの子の事を好きだ。彼のようにふらふら目移りなんかしない。
そう自信を持って言えるけれど、あの子の中での私は一生仲間で友達で、それだけだ。悔しい。悔しい!これから先、彼は私が見たかったあの子の姿や声を独占するというのか。夜中に目が覚めたときに一緒に甲板でぼんやり空を眺める役目は譲りたくない。でも、あの子はどうだろう?私にいて欲しいと思ってくれるだろうか。そんな夜にあの子がそばにいて欲しいと願うのは、私じゃなくて彼になるのかもしれない。最後に見たあの子の姿と、彼の表情を思い浮かべる。多分昨日の夜あたりだろう。どっちから告白したのかは知らないけれど、多分、あの子だろうな。きっと勇気を出したに違いない。たった一人の為に一生懸命になったんだろう。私が欲しかった熱量を、彼はどう受け止めたんだろう。胸にもやもやと黒いものが広がる。嫌だなァ、仲間にこんな事思いたくないのに。
 再度長く息を吐いて、測量室を出る。確か今はあの子が大浴場でお風呂に入っているはずだから、ルフィたちに夜食でもねだられていなければ、この灯りの漏れるキッチンには一人のはずだ。

「サンジ君、飲み物貰える?」
「んナミすわん!よろこんで!何にしようか、この時間だしリラックスできるハーブティーでも淹れようか?」
「ええそうね、お願い」
「お任せをォ〜!」

いつも通り、私の姿を見るなり全身の関節が曖昧になって目をハートにした彼がぐにゃぐにゃしながら出迎えてくれる。いつも通りの光景なのに、なんだか今日はそれすらもほんの少しだけ、本当に少しだけ気持ちを逆なでした。「お湯が沸くまですこし待っててねナミさん!お待ちの間にこれでもどうぞ」流石のスピードで小さめの器にささっと簡単なフルーツの盛り合わせを手早く作って、サンジ君はやかんと向き合った。好都合だわ。

「サンジ君、そこで聞いていて欲しいんだけど」
「ナミさんの話ならおれは何だって聞くよォ〜〜〜〜!!!」
「私ね、女部屋だからロビンもいるけど、毎日なまえと寝てるのよ。寝顔も寝言もよーく知ってる」
「…………ナミさん?」
「それからたまに服やアクセサリーの貸し借りもするの。お風呂に一緒に入ることもあるわ。あの子、左足の太ももの内側にほくろがあるのよ。サンジ君知ってた?」
「…………ええと」
「それにお酒に酔ったフリをしてね、なまえとキスしたこともあるの。もちろん唇よ?ほっぺやおでこにもした事あるわ。あとなまえは耳が弱くて可愛いのよ」
「……………………」
「膝枕だってしてくれるのよ。とってもふわふわで気持ちいいの、感触知らないでしょ?」
「……………………」
「ああ、あとね、それに右胸にもほくろがあるの。下着を外さないと見えない位置にね」
「………………………ナミさん、何が言いたいんだ」
「羨ましいでしょう?」

 頬杖をついてにっこりと笑んで見上げてやる。いつもなら目をハートにしてぐるんぐるん回るのに、サンジ君はふうと煙草の煙を吐き出して、その顔に表情はなく、少しだけ恐怖を感じた。喜でも怒でもない、無では。コンロの火を止めて、ガラスのティーポットにお湯を注いだ後は視線は私にはなく、ひたすら湯の中を踊る茶葉に向けられていた。

「知ってたよ」
「何を?聞かせてくれる?」
「ナミさんが、なまえをおれと同じ目で見ている事くらい」

 あなた、あの子のこと呼び捨てだったかしら。普段はなまえちゃんなまえちゃんと甘ったるく呼んでいたくせに。眉間に皺を寄せたままなおもサンジ君を見つめる。未だに表情のないままに、短くなった煙草を灰皿に押し付けて、やっと顔をあげた。

「ごめんナミさん。今のは八つ当たりだ。正直、すっげェ羨ましいよ」

 紅茶を注ぎながらも話は続く。ただし、視線は長い髪に隠れて見えない。しかし、サンジ君が私に嘘をつくとも思えない。私は黙って続きを促すと、紅茶の注がれたカップを持って私の前に差し出した。そうしてようやく、視線が合った。
それは嘘偽りなく、本当に不機嫌そうな、嫉妬の色に濡れた瞳だった。サンジ君がきっと一生、女性に向ける予定のないはずだった視線だ。それをわかっているのだろう、私を怖がらせないようにか頑張って口元だけ微笑んでいるからか余計にアンバランスで。人のかたちの、別のものみたいにも思えた。

「だけどおれは、なまえとナミさんが出来ないことを出来る。これから先、ナミさんの知らないなまえを1番そばで見られる予定さ」
「……………それで?」
「羨ましいだろ?」

 カッと頭に血が上って、顔が沸騰したかと思った。咄嗟に立ち上がって胸ぐらを掴むとこの話をはじめてから初めて、にっこりと笑って見せた。なまえはとんでもない男に捕まったらしい。不機嫌を隠さず睨みつけてもなお、にこにこと笑ったまま「ナミさんの熱視線で火傷しちゃうなァ」なんて言ってのける。ムカつく、ムカつく!足の甲を思い切り踏んでやったけど、やっぱり何も言わずに微笑んでいるだけだった。

「…………もういい。寝るわ」
「そうかい?ひとくちも飲んでないけど」
「気が変わったの」
「残念だ。どうせならもっとナミさんと2人きりでおしゃべりしたかったのに」
「…………アンタ、嘘が壊滅的に下手くそね」
「ルフィよりは上手い自信があるけどなァ」

 なおもとぼける姿に腹が立つ。カツカツとわざと大きな足音を立ててキッチンから甲板へ続くドアへと向かって、振り向くと先ほどと変わらない姿で私を見送る姿があった。最後にひとつだけ、忠告をしてやろうじゃない。

「気を抜かないことね。泥棒猫はいつでもチャンスを狙ってるんだから」

 きょとんと目を丸くしたサンジ君がなんとも海賊らしく悪い顔で笑って、大袈裟に肩を竦めて見せた。

「おお怖い怖い」

 バン!と態と大きな音を立ててドアを閉めた。ごめんフランキー、でも私の力じゃドアは壊れないから大目に見て。
ずかずかと苛立ちを隠さず女部屋に向かう途中、お風呂上がりのなまえが前方から歩いて来たのを見て、目頭が熱くなる。もう、あんな男やめておきなさいよ。

「ナミ?どうしたの?」

肩にタオルを掛けたまま近寄ってきたなまえに抱きついて首元に顔を埋めるとまだ濡れた髪がしっとりしていて僅かに眉を顰めてしまった。それでもなまえから香るのが私となまえだけが使うボディソープの香りだと気がついたら、棘が抜けていく感覚がして、ようやく身体を少しだけ離すことができた。

のに、だ。

「えっ本当に大丈夫?体調わるい?」
首を傾げたなまえの髪が揺れて、髪で隠せるギリギリのあたりに赤い痕がついているのが見えた。アイツ、何が紳士だ。意味を辞書で調べてきなさい。私の内心など知る由もないなまえはしきりに私の名前を呼ぶ。ああもう、そのままずっと私の事だけ呼んでいてよ。さっき見たサンジ君の笑顔が脳裏にチラつく度に募るイライラを、今後の私にフル活用してもらおう。だって私もサンジ君も海賊だもの。欲しい物は奪っちゃえばいいんだわ。

「そうね、少し目眩がするの。肩を貸してくれる?女部屋まで行くから」
「もちろんだよ、なんでも言ってね」

 わざとらしく身体を寄せてもなまえは大丈夫?チョッパーに薬貰う?なんて純粋に私を心配している。ここからだと1番近い鏡は女部屋で良かった。移動のあいだに戻さなきゃ。きっと今、さっきのサンジ君みたいな顔で笑っているだろうから。

お題箱より/ナミvsサンジ
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