「今年は誕生日何がいい?」
「あ、もうすぐ誕生日か。もうそんな時期?早いなあ」

向かいの席でノートPCに向き合っていた尚がそんなことをいう。他人事みたいだけれど、間違いなくあなたの誕生日の話題なんですよ。ちなみに去年はキーケースをあげた。尚は物持ちが良くて大抵のものはまだ買い替えなど必要ないように見える。勝手な判断で微妙なものはあげたくないし。サプライズも大体見抜かれていると思うので、だったら欲しいものをあげたほうがいいと思ったのだ。

「そうだなあ…………うーん、仏の御石の鉢」
「なんだっけそれ……聞き覚えはあるんだけど……てか鉢?いま夏なのに」
「それか蓬莱の珠の枝でもいいな」
「あーー!!あれだ!かぐや姫の!」
「そう。欲しいものをくれるんだろ?楽しみにしてるよ」

 優雅に組んだ手に顎を乗せた尚はにっこりと笑って見せた。確実に遊んでいるのはわかるけれど、それで喜んでくれるなら、いいか。「まかせて」と返事をして部屋を出た。「俺のことは後回しでもいいから、レポートの締切には気を付けて!」後ろから聞こえる声に、これだけは聞こえないふりをしたかった。
まず連絡を取ったのは夏也だ。何か夏也のわけのわからない発言から連想をすることはよくありそうだし。夏也のよくわからない思い付きに尚は割と乗っかることがある。夏也に付き合って夜中に他所の大学に忍び込んでブーメランで遊んだ前科があることを私は忘れていない。悔しいが私以上に尚との付き合いのある夏也なら何か知っているのではないかと思い、夏也に電話をかけた。

「夏也、最近尚とかぐや姫の話した?」
「かぐや姫?してないけど。なんで」
「なんか尚が…かぐや姫みたいなこと言うんだよ」
「大丈夫かなまえ?」

簡単に流れを夏也に説明して、それで夏也は今年の尚の誕生日何をプレゼントするの?と聞くと少しの間の後に大きな声で笑い始めた。どんな顔で笑っているのか、見なくてもなんとなくわかる。いやそれにしても笑いすぎだ。ひーひーと少し笑いを引きずったあとに、「はあ、おもしれー」と呟くと「俺の今年の尚へのプレゼントは絶対お前と被らないヤツだよ。安心しろよ」何をあげるかまだ決めていないと言っているのにどうしてそう言い切れるんだろう?「それより何だっけ?大仏の?なんか探すんだろ、頑張れよ」と言って通話を切られてしまった。やっぱり夏也は私より尚マスターなのがなんだか悔しい。眉間に皺を寄せて夏也とのトークルームを睨んでいると「今度3人で飲みにでも行こうぜ」と言うメッセージと微妙な動物のスタンプが送られてきて終わってしまった。夏也め、ヒントのひとつでもくれてもいいのに。

▲▽

いくら私だってかぐや姫の物語が創作だってことくらいわかってる。あらすじ程度しか覚えていなかったから改めて竹取物語を調べた。竹から生まれて美しく成長した姫に求婚したら求婚してきた男性たちに無理難題をふっかける姫。ほとんどがどれも伝説や宝物級のものばかりで誤魔化したり諦めたりとする…ひどく大雑把だがそんなような話だった。尚は何を思って私にそんなものを求めたのだろう。わからない。賢くてきれいで時々意地悪だがかっこよくて私には最高の男であることしかわからない。
溜息をついてぐっと伸びをすると尚からメッセージが届いていた。

『火鼠の皮衣でもいいよ』

…………もしかして尚、月に帰っちゃうのかな?いやいや。むしろ尚なら全部自力で取ってきそうな気もするけど。そうではなく。もう頭が追い付けない。尚の誕生日はあと2日後に迫っていた。どうしたらいいんだ。私はただ尚に喜んで欲しいだけなんだけどなあ。とりあえずケーキだけは、と気になっていたお店の予約完了メールを確認してやっと安心できた。もうわかんない。寝よう。ため息を吐いて歯ブラシを手に持ったところでスマホが着信を知らせる。相手はなんとこの頃の悩みの種、尚だった。

「もしもし、こんばんは。今平気?」
「平気ですけど!!!」
「元気だね。大丈夫?どれかみつかりそう?」
「尚、月に帰っちゃうの?嫌だよ」
「はは、帰らないよ」

電話じゃなくて対面なら多分このタイミングで頭を撫でてくれたのにな。左手にスマホ、右手に歯ブラシという間抜けな恰好で情けない声色で「な”お”〜〜〜〜」と喚くしかできない。それでも電話の向こうの尚は楽しそうに笑うだけだった。「ちなみに」電話の向こうで尚は今何をしているんだろう。無性に会いたいなと思いつつ、何か話そうとしているようなので続きを待つ。「龍の首の玉か燕の子安貝でもいいよ」と楽しそうな声が聴こえるものだから、「妥協点〜〜〜〜!?」と叫んでスマホをベッドに放り投げてしまった。しまった!と我に返って拾い上げた時にはすでに通話は終わっていて、トークルームに「おやすみ」と短いひとことが残されていた。何なんだ一体。芹沢尚、わからない。でも脳内で彼の声で言う「おやすみ」が再生されてしまい好き以外の感想を持てない私になってしまった。尚め、日々好きが募るのは誰のせいだと思っているんだ。もう寝るけど。

▲▽

そして迎えた当日、8月27日。眠ってしまう前にと、日付が変わる前、そう23時59分に「お誕生日おめでとう」と電話をして、日付変更の瞬間にもおめでとうを伝えた。これは彼女の特権だと思っている。いちばんに大好きなひとの誕生日をお祝いできて素直に嬉しかった。そして通話を切る直前に「ありがとう、明日…いや今日、楽しみにしてるね」とおやすみを貰ったからか、尚が月に帰る夢を見た。どんな悪夢だ。

「……おはよう、お誕生日おめでとう、尚…だいすき……龍の首を取れない彼女でごめんね……」

翌日、つまり誕生日当日。大学で会った時に尚は至って普通だった。普通じゃなかったのは紛れもなく私の方だった。この日は私も尚も1限目から授業を取っていたから朝から会えるのは嬉しい、嬉しいが今日尚にあげられるものはこの後受け取る予約済みのケーキだけなのだ。切腹でもするか髪でも切り落とすか……虚空を見つめる私の目の前でおーい?と手のひらを振る尚。よろけたふりで抱き付くと「はは、ごめんごめん。どれもAmazonにも楽天にもなかっただろ?」と笑って見せた。当たり前だよばか。プライム会員だけどいつまで待ってても届きそうにないものばっかりだよばか。

「俺が壊れたと思った?」
「頭のいい人なりのギャグかと思った」
「ポジティブだなぁ」
「何度考えても分からなかったの。どうして尚はあんなのが欲しいっていったの?」

抱き付いた私をそのままに、やんわり笑った尚は私の髪を優しい手つきで撫でた。「たくさん悩んで考えてくれた?」と眼鏡越しにいつもより少しばかり意地悪そうな笑みで笑いかけてみせた。当たり前でしょ、すごい悩んだよ。何かの暗号なのかとか似た名前のものなのかとか、ヒントがあるかもわからないけれど竹取物語をいちから読み込んだりもしたよ。悩みすぎて頭から煙が出ているような錯覚さえ覚えたくらいにはね。

「そう。悩んだんだ。それはよかった」
「……??」
「悩んで俺のこと考えてくれたんでしょ」
「うん。芹沢尚で論文3本くらい書けるくらいには」
「あははっ!それはよかった、最高の誕生日プレゼントだよ、ありがとう」
「はあ……?」
「今年はこの上なく豪華なプレゼントだなあ」

どういうことなのか。なにそれ?と声を出す前に目を細めて私を見た尚が口を開く。大人しく言葉を待つと「……子供みたいって、笑うかもしれないけどさ」珍しくほんのりと目尻を桜色に染めて美しく笑う。

「なまえの時間が欲しかった。俺のためになまえに悩んで困ってほしかった」

目に見えないものを欲しいという。誰もが欲しがる時間を欲しいという。ああ、なんてわがまま。なんて愛おしい。ひたむきに頑張る人の手助けをしたいという夢に向かって邁進する彼が欲しがる女の時間て私の事なんだよと叫びたくなる。今なら私はあの無理難題を5つとも見事叶えてみせる自信があるよ。あなたのためならできるって、そんな気がしてならない。「私でいいの?」「きみがいい」今日は大好きで大切な尚の誕生日。それなのに私の方がもらって甘やかしてもらってばかりのような気がする。ぎゅうと尚に比べたら大したことのないであろう力を込めて、目を見て「おめでとう」と言えた。するとどうだ、かっこよくて綺麗な最高の男が可愛らしく微笑んで「何度も聞いたよ」と言う。ああ、世界は今日からうつくしい!

「おーいお前ら、どうでもいいけどここ廊下だぞー」

2021/8/27 芹沢尚BD おめでとうございます!
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