これこれの続き

 耳元でしょうもない感想を述べてくれたサンジが、言ってることはしょうもないのに可愛くて仕方がない。私の首元に顔を埋めてくすくす笑うサンジがもう片方の手で私の頬を撫でる。首元にかかる息と掠める髭がくすぐったい。「なまえちゃん、好きだ、可愛いよ、なまえちゃん」甘ったるく響く優しい声がわざと耳に直に、脳を直に声が撫でるように私の名前を呼ぶのがずるい。私が耳が弱いのを分かっていてわざとやっている。以前、声が好きだと言ったことをきっと覚えているんだろうな。ん、と小さく声を漏らすと顔を上げて「このまま続けていいか?」余裕のなさそうな表情で私を見ると返事をする前にそろそろと服の裾から手が浸入してくる。

「まだ返事してない」
「ごめん、余裕のない男で」
「そこが好きだもん」
「ぐァ……もんって……可愛い……」

 せっかくキリッとしてかっこよかったのに、眉を下げてでれでれした表情で胸を抑えるものだから顔にさらさらとした金糸がかかる。動くたびに全身に纏わりついた紫煙とシャンプーの匂いが香って思わず子宮がきゅんとする。浅ましい。私は陰湿で我儘で卑しくて浅ましい女です。もうそれでいい、それでいいから、はよしろと首に腕を回して引き寄せると途端に瞳に色が滲む。この男はスイッチをいくつどこに隠し持っているのだろう。優しく何度も唇を押し付けられて幸せな気分になる。緩んだ一瞬の隙を見逃さない舌が入り込んできて口内を犯していく。舌先を絡めて、歯列をなぞって、上顎を舌が撫でる。口の中を犯すというより最早食べられてしまいそう。荒い息と唾液の音、時折漏れる鼻にかかった音と煙草の匂いだけが空間を支配している。
 ずっとこうしたかったよ、再開してからずっと、もう一度触れて欲しかった。心底この人の事が好きだからなんだってしたいしされたいのだ。きっと今、私の執着が赤い糸になって指どころか全身に巻き付いているんじゃないだろうか。運命というものが漠然とした言葉でよかった。もしも目に見えていたらきっとドン引きだから。そんなことをぼんやりと考えているあいだも、サンジは私の顔中にキスの雨を降らせている。一度離して頬、鼻、額、瞼、耳朶、喉とわざわざ可愛らしいリップ音を立てて。そして再び軽く唇を吸って、舌が入り込んでくる。互いに隙間を許さないくらいぎゅうぎゅう抱き合って唇を貪って。今だけは海賊じゃなくてただの男と女だった。だんだん息苦しくなって、薄く目を開けるとサンジは目を閉じていなかったものだから、未だ口内を暴れる舌先を軽く噛んで一度中断させる。

「い"っ!」
「ちょっ…と!なんで目閉じないの」
「なまえちゃんのキス顔が見たくて。可愛くてたまんねェんだ」
「そんなん恥ずかしいから見なくていいの!」
「そう言われるともっと見たくなるなァ……恥ずかしがってる顔好きだし」
「悪趣味」
「なんとでも。なまえちゃんに愛されてるから別に平気だ。それにおれだけが、なまえちゃんを好きにしていいんだろ?」

 ぐ、と言葉に詰まると上機嫌でまた額に頬にと唇を落とし始める。私は口論でサンジに勝てたことが一度もない。だいたい丸め込まれてしまうのだ。それでもまあいっか、今は変に意地を張るより触れたいし触れて欲しい。目の前の金糸を指で梳くと気持ちよさそうに目を細めて受けいれる。よく懐いた動物みたいでかわいいな、顎を撫でたら喉を鳴らすだろうか。指でこしょこしょと撫でてやると「なまえちゃんに飼われるのも悪くないかもしんねェな」と笑う。飼ったら合法的に首輪を付けられるな、まで考えてやめた。「私獣姦の趣味はないの」あったら困っちまうよ、と困惑したような返事をするので私から頬に唇を押しつけて黙らせた……つもりでいた、ら。ガチャリとドアが開いたものだから、二人とも驚いて音の方を見ると「お〜い……サンジ?まだ起きてるのか〜?」眠たそうに眼を擦りながら入ってきたのは我らが船医のチョッパーだった。キッチンの電気がついているからまだ起きているのかと思って声をかけてくれたんだろう。驚きのあまり固まっているとチョッパーは「あれ?なまえもまだ起きてたんだな!」とこちらへ寄ってきた。待って待って、まだ上にサンジが乗ったままなんですけど!

「ま、まあね……」
「ふたりで何してたんだ?ガルチューか?」
「そ、そうそう!私たち仲良しだから!ね?サンジほらガルチュー!」
「ゾウは違う種族の済むところだったから気になって文化の違いについて話してたんだ、なァなまえちゃん?」
「そう!」
「ふーん?そんなに勉強熱心だったっけ……?まあいいけど、あんまり夜更かししないほうがいいぞ。みんな疲れただろうし早く寝ろよ!」
「そうだね、ありがとうチョッパー。おやすみ!」

 ばたんとドアが閉まり、特徴的な足音と気配が遠ざかっていくのを何故か息をつめて二人で確認すると、大きく息を吐いてぐったりと力を抜いた。「……おれ、脳内でいかにうまいトナカイ料理を作るか高速シミュレートするところだったぜ……」「チョッパーのあれは100%善意だから……」「わかってる、わかってるが!これからって時に……!ったく、間の悪ィ…」とんだタイムロスだ、と呟いて不機嫌そうに唇を尖らせる姿になぜかきゅんとした。どんどんポンコツになっていく自分の感情と当たり判定が不安になってきた。「ねえ。……する?」「する」食い気味に返事をして咳ばらいを一つ。

「チョッパーからしたら真夜中かもしれねェけど、夜はまだ長いからな。しばらく付き合ってもらうぜ?離れてたぶんもイチャイチャしてェし、不本意とはいえ冷たくした分優しくしてェよ」

 なんて、こっぱずかしい事でも。はちみつにキャラメルでも溶かしたような、胸焼けで終わらないような甘さを孕んだ声で告げるのだって、様になっているから困る。「もういいって言っても止めなくていいからね」「そのつもりだよ」海賊じゃない瞬間、ただの男と女の夜は、明日の朝、海賊の船員の黒足のサンジとなまえに戻るまで。そうやって更けていく。
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