名は体を表すとはよく言ったもので、夏にうまれた彼はまさに夏男と呼ぶにふさわしい人間に成長した。眩しくて、あついけれど四季にはなくてはならない季節、青空と入道雲の似合う、あついのは嫌だけれど美しい季節。そんな季節を体現したような桐嶋夏也はまたも世界を飛び回っていたと思えば日本に急にもどってきて、帰ってきたから飲もうぜなんて、8月20日に誘ったりなんかをする、とんでもない男で。そんなとんでもない男に私をまるごと去年の夏に奪われたきりだ。去年の彼の誕生日。熱帯夜の、夜なのにまだ蝉が鳴いているそんな夜から私たちは始まって、あの夜から1年が経とうとしていると思うと誰に何かを言われたわけでもないのになんだか少し照れくさい。
 あちらこちらと飛び回っているのが常の夏也にしては珍しいことに今は大人しく日本にいるから、どうやって彼が生まれてきてくれたことに感謝しようかと考えながらプレゼントを選んだ。

▲▽

「私、夏ってきらいだな。むかつくから」
「なんで」

 私の部屋で動画配信サイトを使って一緒に見ていた映画が終わった。夏のあいだ、幼いころに事故で死んだ友人の亡霊をめぐる話だった。10年後の8月、なんていう漠然とした約束を覚えている友人がいる登場人物たちが少し羨ましかった。

「いちいち夏也のこと考えちゃうんだよね」
「最高だなあ、それの何がむかつくんだよ」
「私が夏也のこと考えてるあいだ、夏也は私の事を考えてはくれないでしょ」

重い。非常に面倒な女の思考と発言だ。言ってから後悔した。「あ、ごめ」「いや?俺の真ん中にはいつでもなまえがいるよ。郁弥と尚と同じくらいのところにずっとな。言ってなかったか?」「…………初耳」後悔が一瞬でどこかに飛んで行っちゃったくらいには驚いて、ぽかんと間抜けにも口を開けてしまう。
 別に私を恥ずかしがらせようとか、かっこいい事を言ってやろうとか、そういう打算なんて一切なしに「そう思っているからそう言った」というだけなのだ。それがこの人のかっこいいところだから困る。特にこんな、嫌な女になった瞬間にド直球ストレートでそういう言葉を投げてくるのは、特に困る。

「で、#namae#は?」
「なまえのなかでの俺は?」

 ぐっと肩を引き寄せて顔を覗き込まれる。み、見るな。長い睫毛に縁どられたきらめくルビーのような瞳で、こんな私を見ないでほしい。目が合うたびに好きが加速するからやめてほしい。「ち、近い」と顔を押しのけるのができることの精一杯。「いでででで」なんて大して痛くも無さそうな声を上げているのが恨めしい。気を取り直して、「で、もう恥ずかしいの落ち着いたろ。続きは?」ぐ、と距離を詰められた分仰け反ると片手で背中を支えてみせた。怖い男だ。

「世界一かっこいいと思ってるよ」
「え?聞こえねえな〜」
「世界一かっこいい!ふらふらするし急に芹沢くん家に住み着くけど!夏也が世界一すき!」

 ぜえはぁと肩で息をする。顔が熱いからものすごく赤いんだと見なくてもわかる。多分今顔面で目玉焼きくらいなら焼ける。私の渾身の叫びを聞いた夏也は口元を無理やりきゅっと結んで耳まで真っ赤にして、それでも視線は私からそらさないままに言う。「へえ?ふーん……俺は宇宙一なまえをかわいいと思ってるけど?」何故張り合ってくるんだ。そういうところも負けず嫌いの一環なのかな。ふたりして赤い顔で、変なの。そう思うとなんだか楽しくなってきて、私まで口元がゆるゆるとしてしまう。俯いてそのままどんっと厚い胸板に頭突きすると「うおっ」と気の抜けた声が聞こえて愛おしくなった。「好きで悪いかばか夏也」私がそういうが早いか、私を受け止めた腕に顔をあげられて軽く触れるだけのキスをされた。力は強いのに優しい仕草に簡単にやられてしまう。これに関してはわかってやっている気もする。やり返そうと勇気を振り絞って、首に腕を回そうとしたタイミングで夏也のスマホから通知音がひっきりなしに鳴り始めた。

「鳴ってるよ」
「あ、日付かわったな」
「……待って!スマホさわっちゃだめ」
「え?」
「……誕生日おめでとう、夏也。生まれてきてくれてありがとう。だいすき。私が幽霊になったら夏也のところにしか出ないから」
「ありがとうな、最高のプレゼントだ」

 私の重い感情もなんなく受け止めて倍にして返されてしまった。夏也の誕生日なのに。それでも私の欲張りな部分はなかなか帰ろうとしないから、もう少しだけ、一番乗りで祝福できる特権を使わせてほしい。そうしたらプレゼントも渡すし、お祝いのメッセージを見て喜ぶところも堪能するから。おめでとう、来年も絶対一番に言わせてね。


2021BD お誕生日おめでとう!
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -