「あ”!!!!!!」

 その日、サウザンドサニー号に大きな声が響いた。
船中に響き渡る大声だったと思う。何事かと心配してみんな声のするほう、男部屋へと向かうとサンジくんに蹴られたのだろう、たんこぶを作って床に転がっているルフィ、洗面台に手を着き俯いて肩を震わせているサンジくんがいた。「何だァいまのでけぇ声は……サンジの声だったよな?」ウソップが「主にキッチンでよく見る光景だけど、ここは男部屋だよなぁ?」なんて首を傾げる。

「サンジくーん?どうかしたのー?」
「……なまえちゃん……ナミさんとロビンちゃんもそこにいるな?悪いが3人は外してもらえるか」

 サンジくんはこちらを見ないまま言葉を発した。女性の方を見て喋らないのは実に珍しい。ナミとロビンとも目を合わせると、「まあ大したことじゃないでしょ」なんて言うので、それもそうか、ルフィがその辺に転がってるのが何よりの証拠だよね。と納得してまあいっか!とダイニングへと向かった。どうせルフィがなんかしたんだろう。いつものことだ。怪我したとか病気だとか、そういうものじゃないならいいよね。

▲▽

 ナミは航海日誌を、ロビンは読書を、私は武器の手入れを。私はひと段落したし少し飲み物でも貰ってこようかなと女部屋を出てキッチンに向かう途中でウソップに声を掛けられた。

「お!なまえ、キッチンに行くのか?」
「そうだよ」
「くく、やめ、やめとけやめとけ〜今は機嫌が……いやでもお前なら平気か?」
「なんで?キッチン爆発でもした?」
「爆発はしてねぇんだ、それがよ、サンジのやつ」

 何かサンジくんはウソップのツボにはまるようなことになっているのだろうか?さっぱり事態が掴めなくて「サンジくんが何?」と首をかしげるばかりだ。「いや、やっぱりおれは言うのやめとくよ、見ればわかるし…今キッチンにはサンジ一人しかいないから行ってみろよ」と謎にご機嫌なまま私の背中をばしばしと叩いてウソップは工場へと向かった。何なの?

「サンジくん、何か飲み物もらえる?」

 ウソップの訳の分からない態度は置いておいて、本人に聞いたらいいか。そう思ってキッチンにいた彼に声を掛けると「!……あ、ああ、アイスティーでいいかい」と顔を背けたまま言うものだからなんだか釈然としないまま「あ、うん」と返事をする。やっぱり変だ。おかしい。

「サンジくん?」
「なんだいなまえちゃん」
「なんでこっち見てくれないの?」
「いやァ……ちょっと」
「私の事嫌になった?」
「!なるワケねぇよ!でも今…いやしばらくはおれの顔を見ねェでほしい……」

 近寄って顔を覗き込むと反対に逸らされる。逆に回り込めばまた反対へ。両手で顔を覆って身体ごと方向転換するから髪と手しか見えない。そうやって隠されれば隠されるほど気になるのにな。腕を掴んで「怪我したとか?大丈夫?心配だし、どうしても嫌なら無理強いはできないけど、できれば話して欲しいよ……」そっと身体を寄せると「う”」と声と言うより最早音を発して、ちらりと指の合間から瞳を覗かせて私を見た。今朝の朝食の時ぶりに視線が合ったけれど、チャームポイントともいえる眉を下げてどこか子犬のような瞳で私を見る。見上げているのは私のほうなのに、なんだか可愛い。この人は私より背も高くて二年ぶりに再会したら顎髭まで生やして大人の男性の色気が増していたし、おまけにとっても強いのに、時々とんでもなく可愛いことをしでかすのだ。

「わ、笑わねェ?」
「笑わないよ」

 そろそろと顔を覆っていた両手を外す。尚も眉は下がっていて、あるはずのない犬とかの耳がぺたりと垂れている幻覚まで見えるようだった。しょんぼりと小さくため息を吐くサンジくんには髭がなかった。

▲▽

 今朝、いつものように髭の手入れをしていたところ、いつものように「サンジ!飯!」とルフィが駆け寄ってきたという。いつも通りに「さっき朝飯食ったろ」とあしらったが今日に限ってルフィは食い下がって、何か食わせてくれとサンジくんにまとわりついていたんだそうだ。「頼むよサンジ〜なぁって〜!」と揺すってくるのを足蹴にしていた最中に剃刀を持っている方の腕にルフィが頭突きをし、そのはずみで剃り落としてしまったのだという。なるほど、それで。バランスが悪いからと半端に残ってしまった髭も剃らざるを得なくて、そんな顔を見られたくなかったというわけだった。……改めて顔をじっと見つめるとどこかばつが悪そうに目を逸らす。きっと実際に言うと彼はより落ち込むだろうけれど、正直大変に可愛い。かっこいい大人の男性の色香は姿を潜め、そこはかとなく童顔に見える。はっきり言おう、可愛いのだ。「サンジくん、こっち向いて」少し何かを考えるように宙に視線を泳がせた後、恐る恐るといった様子で私と身体ごと向き合ってくれた。

「二年ぶりに会って、顎髭あったのも似合っててかっこいいんだけど、髭がないのも新鮮でいいね」

 正面からぎゅっと抱き付くと受け止めてくれる。私を受け止めるのに腕が塞がるのをいいことに両手で顔をそっと包む。親指でつるつるの顎を触れると大きく身体をびくりと震わせた。「痛かった?」「痛くはないが……や、その、く、くすぐってェな」と肩を揺らして笑う。サンジくんの笑顔はもとより大好きだが、いつもに増して可愛い。そのまま首に腕を回して、少し背伸びをして顎のあたりに頬擦りをすれば「っああああ、あの、なまえちゃん、いいのか、その、まだ昼間だぜ」とほんのり顔を赤くして明らかに動揺して見せた。かわいい。「昼間だね、それがどうかした?」ぎゅうぎゅう抱き付くうちに私の身体を支えていた手が明らかな意思を持って腰のあたりを撫でるようになった。「昼間、だけど……変な気分になりそうで危ねェから、離れて……ほしくねェ…けど離れたほうが……!いい…けど!ずっとこうしていてェ……!ッハーーーー……なまえちゃん今日もいい匂い…可愛いなァ……」眉間にシワを刻んで必死に何かを耐えているような、普段の調子を取り戻したような様子で言葉を絞り出す姿が可愛くて面白かった。「元気でた?」と顎に軽いキスをするとぴしりと動きを止めた。普段サンジくんから私を攻めて意地悪するのは平気なくせに、たまに私が攻めると途端にたじろぐのが堪らなく好きだ。再び胸元に頭を預けると優しく髪を撫でてくれる。落ち込んでいたことなんて忘れてしまったように、普段するのと同じ仕草で私の額に唇を落とす姿は髭がなくても(どことなくかわいらしくても)間違いなくひとりの”男性”だった。

「落ち込むことないよ、こっちのサンジくんも私は好きよ」
「なまえちゃん……おれも好きだァ〜!!」

 目をハートにして私をぎゅうぎゅう抱きしめてくる姿はもうすっかり普段通りなので安心した。おそらく彼はこれからまた髭を伸ばすだろう。それまではこのかっこいいのにかわいい彼のままでいてくれると思うとすこし毎日が楽しみになった。ナミあたりに「誰かさんたちがイチャついてるからキッチンに入れなかったのよ、あ〜〜〜喉乾いた!」なんて言われる前には離れなくちゃなあ。

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