「足を出してくれるかい、マイプリンセス」

 平和な海の上、次の島を目指す道中。各々が自由に過ごす中で飲み物を持ってきてくれたサンジは空になったトレイをサイドテーブル置くと私にそう声を掛けた。
ポケットをごそごそと漁りつつ何かを手に持ってこちらへやってくると、ソファに座る私の前に跪いて冒頭の言葉を放った。
驚きのあまり綺麗な綺麗な顔を凝視してしまったが、「えっと、なんで?」「え?」と言うような言葉しか発せなくなった私を見て無言で私の足を緩く撫でると履いていたサンダルを脱がすものだから、何が起きたかさっぱり理解出来ずに「何してるの!?」と声を上げるのが精一杯だった。

「動かないでね、なまえちゃん」

 手にしていたのはマニキュアだった。何故サンジがそんなものを?混乱が脳を占め、目の前で起きている事態に理解が追い付かない。やっと口を開けた私が言えたのは、

「な、なんでマニキュア?」
「前回降りた島で買い出しの時に偶然見つけたんだけど。君に合いそうな色だと思ってさ」

 喋りながら蓋を開け、私の右足を取る。再度触れられたことに驚いてわ!と上擦ったおかしな声を挙げてしまうと、視線だけでこちらを見て、ふ、と小さく笑った。
私に似合いそうだと言ってくれたのはビビットイエロー、サウザンドサニー号に使われているような、真夏に咲く向日葵のような、彼の髪と同じ、綺麗な黄色だった。ひとつずつ色づいていく爪がなんだか映画でも見ているようでほんの少し眩暈がした。これがサンジの思う、私に似合いそうな色かあ。本音を言うならば私の為に選んでくれたのなら、何色でもいい。しかしお店でマニキュアを買うサンジ、想像がつかない。

「ひぃっ」

 なんて考えていたら手先の器用な彼は全ての爪を塗り終えたらしい右足の甲に唇が触れた。なに、な、なにしてるの!しかし暴れたら顔を蹴ってしまう、どうしたらいいんだ。

「や、だ、だめだよ汚いからっ!離して!」
「おっと、暴れると落ちちゃうぜ」
「離してくれれば落ちないよ!」

 私がそう言っても止める気はないどころかそっと足から距離を取ったかと思えばふくらはぎ、膝小僧、太もも、と順番に唇を落としていく。服ごしに腹にもキスをすると立ち上がって、ソファに手をついてその長い脚で私を跨いでみせる。前髪を掻き分けて額に、頬に、鼻先にやさしく唇が触れる。たまに掠める髭の感触がくすぐったくて、ぞくぞくした。

「なにして、サンジ」
「唇が良かった?」
「そうじゃなくてなんでこんな、急に」
「急なんかじゃあないさ。ずっとおれはなまえちゃんにこうしてみてェと思ってたんだからな」

 顔に熱が集まっているのがわかる。触らなくてもわかる。何故なら顔がとても熱いから。満足そうに瞳を細めてくく、と喉で笑う声が聴こえて、この声に弱い私は簡単にきゅんとときめいてしまう。金縛りにあったように動けなくなっていると「次は左足だな」と呟いて再度先ほどと同じように跪いてもう片方の足を持ち上げた。サンジはそのまま私を見上げて言うのだ。「つま先までおれの色にしたいなと思ってさ」言葉にしなかっただけで身も心もずいぶん前からあなたのものなのに、今更何を言うんだろう。ぼんやりとそんなことを考えていたら、いつの間にか左足も塗り終えた彼はまたも足の甲、ふくらはぎ、膝小僧、太もも、と唇を落としていく。右足の時と同じように私に体重を掛けないように、腿を跨いだサンジは私の顎を指先で持ち上げて上を向かせる。鼻先が触れ合う距離で愛おしそうに私を見つめて頬を撫でると、耳元に唇を寄せて、あの低く甘く響く声で、脳に直接声を吹き込むのだ。

「足が乾いたら、手もやろう。それとも、爪の先まで独占したいような心の狭い男は嫌か?なァ……なまえちゃん」

 胸がいっぱいになって、返す言葉も見つからなくて、思わず首に腕を回して精一杯掻き抱くと「なまえちゃん、」と余裕のなさそうな声が私の名前を呼ぶ。これだから愛おしくて仕方ないのだ、この恋人は。ほんの少し腕の力を緩めて、煙草の香りのする唇を私から塞ぐと、呼吸をすべて奪わんばかりに後頭部を抑え込んで応戦する彼を、私は心の底から誰にも渡したくないと思う。爪の先までなんて可愛いものだ。あなたが知らないだけで私はもっと醜い独占欲の塊なのにね。
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