その日も異常気象だった。
暦の上では立春を迎え、陽射しこそ暖かいけれど風は冷たい。まだコートをクリーニングに出すのには迷う、そんな時期だ。実際昨日まではそうだった。それがどうした、今日に限っては、初夏の陽気で。陽射しはぽかぽかと暖かいを通り越して最早暑かった。道すがらすれ違う小学生の男の子は額にうっすらと汗を光らせて、半そで短パンで通学路を掛けていく。そんなおかしな気温の日だった。
 陽が落ちると多少空気はひやりとするものの、昼の陽気は残っていてどこか生ぬるい。少し厚手のカーディガンだけで十分だった。

 夜、以前郁弥が行ってみたいと興味を持っていたお店を予約していて、ふたりで夕食を共にする約束をしている。ひさしぶりのデートに内心そわそわと落ち着かない。
郁弥へのプレゼントも髪もメイクも服もばっちりだ。喜んでくれるだろうか。私はまだあとひとつ講義があるけれど、今ごろ郁弥はまろんで古くからの友人たちにお祝いされているという。ずっと縁が続いていて今でも仲良くしていることはとても素敵な事だ。早く終わらないかな、ついスマホに目を遣ると通知が三件、四件…と今も増え続けている。誰からかと見ればそれは遠野からで、トークを開くと今まろんで行われている誕生日会の郁弥の様子だった。どの画像も楽しそうに笑っていて、見ているだけで胸のあたりがぽかぽかとする。画像をすべて保存してありがとうのスタンプを送って、改めて早く会いたいなあと思いなおすのだった。

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「お待たせ、遅くなってごめんね」

 講義が終わってすぐさま郁弥に連絡する。待ち合わせ場所に向かうと郁弥はまだいなくて、少しすると大きな袋を手にした彼が現れた。「荷物多いね!?持とうか?」「いや、大丈夫。重くもないし、僕がもらったものだしね」嬉しそうに抱えなおす姿がなんだか嬉しくてわかったと返してお店へ向かう。

「楽しかった?」
「大学生にもなって誕生日会なんて開いてもらえるとは思わなかったよ」

 ほのかに生暖かい、春には早いはずの風の中あいた方の手を繋いでくれる。どことなく弾む声と手のひらから伝わる体温が愛おしい。
予約したお店は少し駅から歩いたところにある、老夫婦が敬愛する落ち着いた小さなお店だった。お料理も美味しいし老夫婦もとてもやさしくしてくれた。
途中郁弥がお手洗いに立った際に奥さんが声を掛けてくれて、彼が誕生日だと伝えると小さなケーキをサービスしてくれたりと、優しい彼の周りには優しい人が集まるのだと改めて実感したり、会計の際に夫婦揃って「残りの時間も少ないけれど、よい誕生日を」と素敵な言葉を受け取ったり。手を繋いだ帰り道、郁弥が私の手を引いた。

「少し、寄り道してもいい?」

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 23時過ぎ、普段なら子供たちが笑い声をあげて遊びまわる公園は、人の姿などなく。静まり返った公園はいつもと違ってなんだか不思議だ。少し大きな自然公園を手を繋いで歩く。夜でも寒くないのもあって、雑談をしながらうろつくだけでも幸せだと思った。今日は郁弥の誕生日なのに、私の方が幸せを貰っている気がする。
少し休憩しようかとベンチに座って「今夜あったかいよね」なんて言って、手を繋ぎなおす。

「郁弥、誕生日おめでとう」

 誕生日プレゼントを渡すと優しく笑って受け取ってくれた。中を開けて、キーケースを喜んでくれて本当に良かった。「大事に使うね」どういって一度は言っていた箱に戻していく彼の言葉に口元が緩みそうになるのを堪える。「喜んでくれてよかった」繋いだ手を繋ぎなおした郁弥が「……あのさ」と口を開く。少し言いづらそうに告げられた声に、思わず背筋が伸びた。

「今年も祝ってくれてありがとう」

 そっと私の頭に頬を寄せるとふわりと漂う、彼の纏う優しい香りに安心する。大切な人が、私の事を好きでいてくれる。私も日を追うごとに彼を大切で大好きだなと実感する。生まれてきてくれてありがとう、好きになってくれてありがとう。繋いでいた手を解いた郁弥が肩をそっと抱き寄せる。私の頬に柔く唇を寄せた郁弥が髪を鋤いて、額にもキスを落とした。「一日の最後に会うのがきみでよかった」私も。じわりじわりと彼の声が、言葉が染み渡る。来年も言わせてね。あと数分で終わる、例年よりもずっとあたたかい三月三日を名残惜しく思いながら、何となしに顔を見合わせて笑いあった。


2021年郁弥くんお誕生日おめでとうございました!
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