とある作品を観た。最近公開された映画が話題になっていた。映画館の前を通った時に見たポスターが何故か脳裏に焼き付いて離れなかった。そういえば、登録している動画配信サイトでも人気ランキングに名前があるのをこの頃見かけた気がする。帰宅して一息ついてから1話を見た瞬間、魅入ってしまったのだった。どこか遠い国の、知らない時間。とある一人の女性の、愛と、手紙の物語だった。あまりにも美しくて愛おしい時間だった。見終えて、余韻に浸りながらも涙を拭う。目も鼻も痛いし、何ならきっと明日にはひどい顔の完成だろう。
涙に歪む視界のなか、なんとか明日の上映スケジュールの中からほどよい時間を予約し、ふと時計に目を遣るとなかなかいい時間になっていた。腫れが酷くならないようケアをしながら、就寝の支度を進める。そのあいだも脳裏には先ほどの物語と、私にとっての「愛」にあたる彼のことがぐるぐるとまわっていた。

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 上映が終わり、すぐには立ち上がれず。涙と鼻水をなんとか止めてから映画館を出る。ほんの少し。普段よりも歩くスピードが上がる。私の足元から聴こえる靴音も普段より早いリズムを奏でている。「今日の夜ひま?」とメッセージを「彼女」にとっての「少佐」にあたる彼に送る。メッセージを送ってスマホを鞄に仕舞う。自宅に着いて、身支度も早々に、授業以外で久しぶりにペンを握った。



「夏也、これ」
「手紙?俺に?」

 差し出された封筒を受け取って、不思議そうに眺める夏也。開けていいの?と聞くのでいいよ、と返事をした。手紙が開封されていくたびに緊張に身体が強張る。折りたたまれた便箋を広げた彼が、瞬きの度に星がはじけそうな瞳を見開いて私に向けて言う。

「……なあ、これ」

 私が夏也に向けて書いた手紙。「夏也へ」と書き、あとはずっと空白。そしてさいごに自分の名前を書いて〆た。彼に伝えたい事がありすぎてさっぱりまとまらなかったのだ。けれど、伝えたいことがあるのだということだけは言いたいと、思った。だから、かたちで、手に取れるもので伝えたかった。「あのさ、レターセットまだある?」便箋の白紙の部分を何も言わずじっと眺めていた彼がふいに口を開いた。「あるよ」「紙と封筒一枚ずつくれ」「いいよ」何か書くことだけは察しがついたので、椅子に座ってボールペンを構える彼を残し夕飯の買い物へ向かった。

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「ただいまー」
「おかえり。お前宛に手紙きてたぜ」

 プールサイドへ向かう直前のような笑みを浮かべてテーブルを指さす。冷蔵庫にいれなくてはならないものだけ仕舞って、「へえ?誰からかな。ちなみに夕飯は麻婆茄子だよ」なんて白々しいことを言いながら封筒を手に取った。

「開けてみろよ」

 封筒になんだか違和感がある。何?なんて言いながら便箋をひらいた瞬間、目頭が熱くなるのが分かった。

『世界で1番愛してるよ 次の大会で優勝したら結婚しよう』

便箋の真ん中のあたり、たったの2行。夏也らしく豪快だけどとめ、はねが徹底された少し癖のある文字が鎮座している。何も言わなくなった私が不安になったのか「いや、か?」と顔を覗き込まれた。嫌なわけない、のに言葉は出てこないし、涙が止まらない。多分そろそろ鼻水もでろでろになる。それから、封筒からは細身のシルバーの指輪がひとつ。小さな赤い石が得意げにはまっている。酷い顔だからこれ以上近寄らないでの意味を込めて腕で距離を取りながら、私が先ほど彼に送った便箋にぼやける視界で返事を書いた。

『よろしくおねがいします』

なんとかそれだけ書いて彼に押し付けると、便箋を見た彼がものすごい力で抱きしめてきた。「く"る"しいよ"…」「わり、今だけ」目尻にほんのり涙を浮かべた夏也が私の顔を両手でつかんで目線を合わせる。「嬉しいよ、ほんと。サンキュな」「ううん、それに、ゆびわ……」「ひとまず仮な。ちゃんと優勝したら、改めて買いに行こうぜ」私たち以外にはなんの事かまるで分からない、たった2枚の紙切れが、この世の何よりも大切に思えた。ああ、「届かなくていい手紙なんてない」んだ。私の前髪を捲って優しく唇を落とした夏也が「メールもラインも便利だけど、手紙もいいもんだよな」とはにかんだ。いま、リビングで泣いたり笑ったり照れたり忙しい私たちが、きっと今この世界で1番幸せだ。


(ヴァイオレット・エヴァーガーデンの映画を見た夏也)
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