「終電、なくなっちゃったな」

 久しぶりに帰国、再開した夏也と挨拶を交わして、池袋で飲んでいたらあっというまに終電がなくなってしまった。私はお酒が大好きなので全然ピンピンしている(むしろ元気になってきたくらい)けれど、夏也はというと顔は真っ赤だし足元が覚束ない。「だいじょうぶ?」「へ〜〜〜き……」ほにゃほにゃ喋る夏也に不安しかない。彼の今の家は「尚のとこ泊めてもらってんだ」としか聴いておらず(芹沢くんの家の場所なんて知ってるはずないじゃないか!)どうしたものかと思っていたら、私に寄りかかっていた夏也が「よし!」と大きな声を出す。思いのほか大きかった声に驚いて、どうしたの?と聴こうとすると急にぐっと力を込めた腕が腰に回される。

「朝まで飲むぞ!」

 基本フィーリングで生きているこの男は、今日という日にいったい何を思って私に声を掛けたのだろう。深い意味とかないのかもしれない。けれど私は連絡を貰ったとき、乾杯をしたとき、海外の綺麗な景色や料理を「お前に見せようと思って!」とスマホを見せてくれたとき、微妙なデザインのTシャツをお土産にくれた時とき。「やっぱお前と飲むの楽しーわ」なんて、赤い顔ではにかまれたとき。彼は何とも思っていないと思う。本当に気の合う友人として私と接してくれているだけだとも思う。いいヤツだから、きっとそうなんだと。わかっているつもりでいるはずなのに。一挙一動に心をかき乱されてばかりいる。

「夏也さあ、もしかして今日が何月何日か忘れちゃった?」
「あ〜?今日は、今日は……8月の…8月…」
「19日だったけど日付変わったんだよね。てか連絡着てるんじゃないの?」
「スマホ……あれ、充電切れてら」

「誕生日おめでとう、夏也」

 ざわざわと人通りの多い夜の駅前。疲れた顔の人、酔っぱらっているのか千鳥足の人、大きな荷物を抱えた人。喧騒にかき消されたかもしれない。今更こんなことを言うのは何だか照れ臭かった。ちゃんと笑えていただろうか。なんだか顔を見るのが恥ずかしくて地面ばかり見ているとスニーカーが一歩踏み出して私との距離を一気に詰められたと思ったら、身動きが取れなくなってしまった。

「何?これ、誕生日プレゼントかよ」

 海外にいる間にハグが癖になったのかな、そう思い込ませることに必死だった。何で夏也に抱きしめられているんだ。「え、なにこれ」何とか声を絞り出すとさらに力が強まった。「正直すっかりわすれてた……けど。覚えててくれたんだな、すげえ嬉しいよ。ありがとう」そっと身体を離した夏也の瞳には薄い水の膜が張っていた。どうして。

「一つ、欲しいモンがあるんだよ」
「あんまり高いものじゃないなら」
「この後のお前の時間全部俺にくれ」

 夏の夜は気温も下がらない。未だにセミも鳴いている。東京の夜は誰もが他人に無関心で本当に良かった。「何それ、もっとちゃんと聞かせてよ」とまらない涙とどちらがプレゼントなのかもわからない。ひとつわかるのはひたすらにふたりとも、ただあつくて、目の前にいる人の事が好きだなあという気持ちだけだった。


2020年桐嶋夏也お誕生日おめでとう!
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