「もしもしなまえちゃん?今暇?家にいてね」

 夢野幻太郎と表示された着信画面を見て電話を取ると相手は飴村乱数だった。のんびりと休日を過ごしていた私にひとつの着信。夢野幻太郎は私の恋人だが、確か昨日だか今日だかが原稿の締め切りだと言っていた。なのでここ最近はあまり連絡を取っていなかったのだが、もし脱稿したのならばFling Posseの二人を誘って飲みにでも行ったのだろうか。もしそうだとしても彼からあの二人にそういうのはとても珍しい。脱稿した後はとにかく今は休ませてくれスタイルなので、さっさと風呂を済ませてごはんは後回しにして気のすむまで寝ているのが彼の常である。

「そろそろ幻太郎が原稿終わるころだって聞いたからね、ポッセでご飯食べに行ったんだ。お仕事終わってすぐって言うのもあって、幻太郎すっごいお酒飲んで、酔って、潰れて寝ちゃったんだあ。」

 先述の通り、家にいて、と私に告げた乱数は我が家にやってきた。乱数自体は手ぶらで、後ろにつぶれた幻太郎を担いだ帝統を引き連れて。

「え……ええ?」
「こんなにベロベロに酔った幻太郎、オレも初めて見たぜ」
「うちの幻太郎がご迷惑をおかけしまして……」
「あははっ!大丈夫だよっ!とっても珍しいものも見られて僕は満足したから!ねっ、帝統?」
「まあ、確かになあ。…あんた、これから先大変だなあ……」
「はい?」
「こっちの話っ!ほら帝統、なまえちゃんに幻太郎あげて」
「いいか?手離すからな?コイツ力抜けてて重いぜ?」
「だいじょう……ぶじゃない!うわっ重」

 帝統から受け取った幻太郎は本当に重かった。脱力した成人男性をなんとか受け止めたところで、とんでもなく可愛い笑顔を浮かべた乱数が口を開く。二人は意味ありげに顔を見合わせてにやにや笑う。何なんだ。それじゃあ、とご機嫌な乱数が帝統の背をぐいぐいと押す。

「じゃああとは任せるね?なまえちゃん!ごゆっくり〜!帝統行くよ〜?」
「おお、じゃあまたな、幻太郎となまえ」
「うん、ありがとう」

 靴を脱がせてなんとかリビングまで引き摺ってソファに座らせると赤い顔のままぼんやりと瞳を開く。「……なまえ?」「そうだよ。とりあえず水飲んでね。」「うん…」大人しく水を飲む彼は、なんだかかわいらしい。「随分飲んだんだね」「酔ってません」「流石に無理がある」「……乱数と帝統は」「幻太郎を連れてきてくれたあと帰ったよ」「……そうですか」はああ、と大きなため息をついて手を差し出される。何?「いいから」強く腕を引かれてソファに寝そべった彼の上に乗っかるような体勢になる。そのまま胴体に腕を回されて身動きが取れなくなる。もはやこれは抱き枕だし、聊か体制がきつい。とても。「ええ……幻太郎さん?」「……ああ、そうですねえ。今日はたくさん、お酒を飲みました、僕。乱数と帝統と、たくさんお話もしたんです、麻呂。ちゃんと、午前中には原稿をおわらせて、提出もしました。がんばりました、俺。」私の胸に顔を埋めてぽつりぽつりと話し始める。「そっか。お仕事頑張って偉かったね。お疲れさま。二人と何話したの?楽しかった?」柔らかなミルクティー色の髪を鋤きながら返事をする。くすぐったそうに身を捩ると一緒に起き上がる。体制を変えて、今度は私の膝に頭を乗せる。せめて初めからこうしておくべきだった。「……ふふ。楽しかったですよ。乱数の選ぶ居酒屋はどれも外れがない。帝統はね、あれでいて箸をきちんと持てるんですよ。意外でしょう?」「幻太郎が楽しかったならよかった。それだけで私も嬉しいよ」私の手の甲をすべすべと撫でて遊んでいる彼はご機嫌だ。「今度は、なまえも小生と外食に行きましょう。この前担当が連れて行ってくれた店が美味しかったんです。なまえの好きそうな甘い酒も色々な種類があって…」今にも歌いだしそうなほどにご機嫌に、最近あったこと、楽しかったこと、嬉しかったこと、饒舌に語ってくれる。よくもまあ舌が縺れないな。滑舌がいいんだ、彼は。

「なまえの今日の夕飯は?」
「きのことコンソメのスープパスタを食べたよ」
「最近嬉しかったことは?」
「そうだなあ、…ああ、同僚の子がね、昼休みに幻太郎の本を読んでたんだよ。ファンだって言ってて嬉しかった」
「……それはそれは。ふふ…小生も今、嬉しいです。とても。ねえ、一つわがままを言ってもいいですよね?」
「はいはい、どうぞ」
「今すぐなまえからキスしてください、さあさあ今すぐ」
「え」
「今すぐなまえにキスしてもらわないと爆発してしまう呪いにかかっているんです。だからほら」
「いや嘘だよね?」
「ええ、嘘です。でも今、キスしたいのは本当です」

 お酒が抜けきっていないせいで、色の白い彼の頬が赤く色づいていてひどく魅惑的だった。穏やかに笑う人だから、より一層引き立ってドキドキする。先ほど触れていた手は指が絡められていて、もう片方の手で自分の唇を指す。「ほら、なまえ?ここ、ですよ」白くて骨張った綺麗な指が、薄いけれど張りのある唇を指し示す。一瞬で目を奪われて思わず息を呑む。「げんたろ、」「なまえ、はやく」彼のせいで性癖を歪められた気がするのは、気のせいではないと思うのだ。う、と少し戸惑うとそのまままた話し始める。

「……今日ね、乱数と帝統に自慢したのですよ」
「何を?」
「小生の恋人は、普段はドライな部分が目立つのですが、」
「そうかなあ」
「時折、小生の事が本当に好きなのだなあとわかる顔で見ていることがあるんですよ」
「……なにそれ!?」
「それが、いまのなまえの顔です」
「う、うそ……」
「ですがこんな事を言うと、きっとなまえは恥ずかしがって顔を見せてくれなくなりそうなので、言いませんけど」
「嘘って言って……」
「ふふふ、さあどうでしょうねぇ」

 楽しそうに笑って、私のお腹に顔を寄せる。まさにいま言われたばかりで恥ずかしいのに、どうしよう、私はこの人の事がとても好きだ。お酒の力あってこそだけれど、とても嬉しくてこの穏やかな時間が幸せだ。顔に熱が集まっているのと同時ににやけそうになっている自覚もある。ふと膝を見るとうとうとと眠たそうにしている。ああ、このまま眠ってしまおうか。流石に重たいからベッドまでは運べないけど。近くに置いてあったブランケットを彼に掛けて、私はカーディガンを羽織る。もう一度髪を撫でると、その手に猫みたいに擦り寄ってくる彼が可愛くて仕方ない。身を屈めて示された通りに唇におやすみのキスをして、室内灯のタイマーをセットした。彼はもう静かに寝息を立てているし、当然ながら爆発もしていない。

 明日、起きたらシャワーを浴びて、それから和食派の彼のために少し頑張ってしっかりしたご飯を作ろう。どこまで覚えているのかな。きっと足は痺れるし、ソファなんかで眠ってしまったら身体も痛いだろうけど、それでも笑ってしまえる気がしてならないのだ。とにかく今は、おやすみなさい。
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