「あっ、…え?」

とんでもない事が起きてしまった。私は自身の着衣に乱れが無いか確認した。何ともなかった。だが安心はやって来ない。何故なら目前のこの現象は現実として存在しているからだ。私の蒲団に煉獄がすやすやと可愛らしく(それはもう、子犬のようだ)寝息を立てて眠っているのである。私は部屋を見回した。天井の隅の良く分からない不気味な染みが、間違いなく私の部屋だと証明した。質素な化粧台の上に置かれた鼈甲の簪も、近所に住みつく野良猫に爪を入れられた障子も。私の部屋に変わりなく存在していた。相違する点は一つだ。この部屋に男がいるという事だ。それも知っている男だ。二十歳、好物は薩摩芋の煉獄杏寿郎だ!

「うーん…」
「あっ」

煉獄が蒲団の中で身動ぎした。私は何もやましい事等していない筈なのに、悪さを咎められる前のように体が緊張を覚え、何とも心地が悪かった。ぴったりと一切の動きを止めて、呼吸さえも止めて、私はその男の瞼が持ち上がる事だけを待っていた。でも少しだけ、彼は本当に綺麗な顔をしているな、なんて考えもあったりした。瞼がのんびりと上がり、煉獄の瞳が見えた。変わった、太陽の色のような瞳のせいで、なんだか小さな日の出を見ている気分だった。

「うわ」
「……」
「…ご、ごめんなさい」
「…………」
「…ん?私が謝る必要はないような…」
「……」
「………」
「…名前」
「あ、はい」

視界いっぱいに煉獄の掌が伸びてきた。それからその、大きくて傷だらけの掌は、ゆっくりと私の顔を通り過ぎて、耳を通り過ぎて、後頭部に優しく乗った。やさしく、やさしく撫でつけられた。彼の顔を見た。

「え…な、何なんですかその顔は」

まだ完全に血色が戻っていなく、はっきりとしない顔色の煉獄は、起き抜けで二重の幅が増した気怠げな目を細めて、見た事も無いゆるい笑顔を私に向けた。いつもの気の引き締まる溌溂とした笑顔では無かった。不覚にも私はその可愛らしい(それはもう、子猫のようだ)笑みに心打たれた。そうしてこの現実がどのようにして生まれたのかを考えた。分からない。分からないのである。何故私は今煉獄と同じ布団の中にいて、頭を撫でられていてしまっているのか全く。前日の行いですら、記憶が無い。



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