名前の帰ってくる場所はいつしか煉獄家になっていたけれど、今日彼女がこの家の玄関戸を引く事は無かった。昨日も無かったし、一昨日だって無かった。でも名前のための一間は存在していたし、そこはきちんと彼女の私物に満ちているのだった。

「どうしました、兄上」
「…いや、名前は暫く家に戻っていないよな?」
「はい?」
「…彼女の羽織、前からあの壁に掛かっていただろうか」
「あれ、言ってなかったですか」
「何を」
「名前さん、昨日の昼間に帰ってこられましたよ」
「聞いてない」
「…すみません。てっきり兄上へ置手紙でも書いてから行かれたのかと」
「名前は俺に手紙の返信も寄越さないくらいだからな」
「……」
「そんなものを置いていく筈がない」
「…兄上」
「なんだ」
「怒っていますか」
「千寿郎に怒っているのではない。名前に腹が立つだけだ」
「名前さん、任務の合間に負傷された方のお見舞いにも出向いているらしくて」
「ふむ、」
「昨日も湯浴みと少しの仮眠で次の任務へ」
「そうか、」
「とても疲れているご様子でしたので、大目に」
「俺より千寿郎の方が彼女に詳しい」
「エ!?…いや、あの、そういう意味ではなく」
「いいんだ、良いんだ別に。気にすることはない」
「う…あう……」

彼女の部屋の変化に気が付くということは、きっと毎日のようにその存在を求めて部屋を覗きに来ているということで、俺のそんな女々しい行動に千寿郎は気が付いているのだろうか。壁にかけられた新しい羽織には俺が先日、彼女の髪の色に似ていると文に挟んだ花弁のもようが織り込まれていて、見せつけのようにこちらを向いていた。俺はそんなものではなく、名前本人の姿を視界に捉えたい。「...はぁ」せめて、一目でもいいのに。



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